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Minimum Bout Act.04

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 カッツから通信が途絶えると、シンは喉の奥で笑って顔を上げた。
 あの男ほど色恋が似合わない男はいないような気がする。

「ごめん、遅くなった」

 背後から声をかけられ、シンは声の主を振り返る。

「問題ない」

 すぐにシンの隣りにしゃがみ込むと、ルーズは来る途中に買った飲み物を渡す。

「これからどうするか考えてるの? ……何? 気持ち悪いわね」

 カッツとの会話でまだ心持ち口元が上がっているシンに気付いたルーズが顔をしかめる。

「いや、ちょっと恋について考えていた」
「は? コイ? こいって、あの恋? 恋するの恋?」
「恋恋連発するな。そうだよ、そっちの恋だ」
「やっぱり気持ち悪いわね。でもまあ、そうね」

 言ってじいっとルーズがシンの顔を見つめる。居心地が悪くなり、ついと顔を逸らすと、納得したようにルーズが頷いた。

「うん。あなたまだギリギリ20代だし、モテるんだから恋は大事よね」
「あのなあ、オレの話しじゃない。カッツの話しだ。てか、そういう自分だって実際の年齢は分からないくせに」

 呆れたように言うと、ルーズが目を丸くする。

「え? カッツの話しだったの? それってセイラの事?」
「いや、初恋の少女の話しだ」

 一瞬ぽかんと目を丸くさせ、すぐにルーズは笑った。

「初、恋…………ぷっ!」

 誰に言っても間違いなく笑われるだろう。カッツが初恋とは、それはまた随分と面白いスコアだ。ルーズは心の中で続けて笑った。

 



 ****



 暗くなるのを待って、シンとルーズはターゲットである男が目の前の建物から出て来ない事を確認すると、二手に別れて乗り込んだ。
 二人が追っているのは、セイラを連れ去った連中の一人。
 他のメンバーは残念ながらまだ見つかっていないが、この男はドルクバに潜んでいたためなんとか見つける事が出来たのだ。
 錆びた薄暗い色のボロアパートの階段をなるべく音を立てないように駆け上がりながら、シンはルーズと通信で会話をする。

「どうだ?」

 すぐに返事が聞こえて来る。

『こっちは異常なし。でもどうしてこんな逃げにくい場所を潜伏先に選んだのかしら?』

 そう、男が潜伏しているこのボロアパートは、もう随分と人が住んでいない。巨大工場の建設が行なわれることになった時、居住者は別のアパートに引っ越しを余儀なくされたのだ。
 手つかずのアパートは管理する者がいないおかげで廃れて行くばかりで、ホームレスがたまに雨露をしのぎに来る程度だった。そしてそのボロアパートの造りは中に階段が二つあるが入り口は表に一つしか無く、さらには裏手は工場の壁がピタリとくっついているため逃げ出すスペースが無い。こうして敵に見つかった場合を想定して通常は潜伏先を選ぶのだが、どうもおかしい。あの地球での様子から察するにかなり訓練を受けている事は分かっている。もしかしたら罠かもしれない……

「取りあえず、無傷で捕獲する事に集中しろよ。相手は武器を持ってる可能性が高いんだからな」
『トレインには連絡してるから、直来るでしょ。取りあえず催涙弾は装填してあるから、マスクだけはしておいてね』
「了解」

 言われてシンはガスマスクを被る。足は止めずに時計を見ると、夜の11時になろうとしていた。
 そして男が潜伏しているだろうアパートの部屋の階に到着し、階段からそっと廊下を伺う。
 部屋から明かりは見えないが、人の気配は間違いなくしている。向こう側の階段にルーズの影を確認し、シンは先にドアへとゆっくり歩を進めた。
 そっとドアの近くから耳をそばだてると、コトリと何かが動く気配がした。ルーズもすぐ近くまでやってきて、息を潜めて頷く。
 シンは指で3を作り、一つずつ折って行った。

 3……2……1……

「Goっ!!」
 

 バン!!!
 

 合図と同時に勢い良くドアを蹴破ると、素早く中に転がり込んだ。
 ゴロゴロと勢い良く回転し、受け身を取って起き上がる。シンが飛び込むとルーズによって打ち込まれた催涙弾が部屋中に充満し、視界を悪くする。
 ガタガタ!
 と向こうの部屋からの音に瞬時に反応し、シンはテグスを素早く引き抜いてその部屋に飛び込んだ。
 直ぐさま窓を開けて飛び降りようとする男の姿を捉え、男よりも一瞬早くテグスを足に投げつけて思い切り引いた。

「ぐあっ!?」

 男は急に引っ張られ、窓枠でしたたか顔面をぶつけて床に転がり込む。それを受けてシンはテグスを短くしながらすぐに男の体を押さえつけ、そのテグスを利用して手足を縛った。

「大人しくしろ。おいルーズ、タオルだ!」

 ルーズが差し出したタオルを男の口に巻きつけたところでパトカーのサイレンが響いて来た。

「よし、一仕事完了だな」

 男は間違いなく地球で対峙したうちの一人だった。確か名前はデニス。
 鋭い一重の目に、高い鼻。短く刈り込まれた髪は、いかにも軍人といった風貌だ。

「ルーズ、こいつを連れてトレインと一緒に警察に行ってくれ」
「シンはどうするの?」
「この騒ぎで仲間が動きを見せるかも知れないからな。ちょっと様子を見て来る」
「当てはあるの? この人から聞き出せばいいじゃない」

 そう言ってルーズが床に転がる男を指すと、シンは首を横に降った。

「簡単に吐かないだろう。もしかしたらこいつは囮かもしれないし」
「なるほどね。でもまあ、体内IDを調べれば結構情報が引き出せると思うから、何か分かったらすぐに知らせるわ。あまり無理しないでね」
「ああ。じゃあ、頼む」

 シンはすぐにその場を後にした。ルーズがそれを見送って、大人しく無抵抗で縛られている男をじっと見つめる。

「捕獲成功、ね……うーん。囮か」

 男の目の前にしゃがみ、じっとその目を見て微笑む。

「あなた、囮なの?」

 ふいと目をつぶった男に、ルーズは再び微笑んだ。

「まあ、時間はたっぷりあるから、ゆっくりお話ししましょうね」
「おい、ルーズ、待たせたな!」

 そこで丁度部屋に入って来たトレインを、ルーズは笑顔で迎えた。






作品名:Minimum Bout Act.04 作家名:迫タイラ