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片道120円の足

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 「今日誰も来なくて暇だったから、ちょっと相手してもらおうと思って」
 言っていることはかなり勝手だとは思うが、無邪気に言い放つ様子からは全く不快さは感じさせない。
 「でも、会ったことも無いのに」僕は昨日見かけているけれど、と内心思いつつ言う。
 「君、よく下の職員用の通路通ってるでしょ? それで前から覚えてたの」
 一応、下の通路は職員以外立ち入り禁止なのだが、僕は人に見つからない様に通っていた。だがこんなところで見られていたとは。僕は軽く笑い、仕方なく頷いた。
 「で、相手っていったい何をすればいいのさ」
 「外の話を聞きたいな。私、あんまり外に出られないから」
 やっぱり彼女は足が悪いらしい。幸い近くの町並みは歩きつくしているので、話すネタには困らない。僕は少々自信のある話術を最大限に使い、所々で彼女を笑わせてやる。また外の話に限らず、友達の話や学校の話をしてあげた。そんなことしているといつのまにか時間は過ぎていて、名残惜しく思いながらも、僕は家へと帰った。
 それからは暇があれば彼女の病室まで行き、いろいろな話をするのが僕の日課となっていた。彼女と居ると何故か楽しく、気付けば時間は過ぎている。行きと帰りで二時間の道のりもあまり苦にならない。それまでもずっと歩いてきたというのもあるが、金が無く、一駅分の距離でも歩くという事を彼女に言ったところ、とてもうらやましそうな顔をしたからだった。だから彼女の分まで歩こうと思ったのかも知れない。
 思えば僕はいままで自分の家が貧乏だということに、劣等感を感じていた。友達は親からおもちゃやゲームを好きなだけ買ってくれていたのに対し、僕の家では誕生日に赤飯が出るだけだった。僕が一駅分歩くのも金がないという理由以上に、貧乏という現実から逃げたいという思いがあったのだ。少なくとも歩いている間は気を他に向けることが出来たからだ。
 しかしそんな考えも彼女と会って変わった。彼女は歩くことは出来ないが日々をより楽しもうとし、外の世界に対する憧れを持っている。それに引き替え僕はどうだ? 歩くということを現実から逃れることに使い、歩けるということのありがたみをまるで感じていなかった。貧乏だから不幸という訳じゃない。歩けるだけで十分。一駅分歩く僕の足には百二十円分の価値がある。
作品名:片道120円の足 作家名:ト部泰史