おまじない
なぜカナがそういう話を急に始めたのか理解できなかった。
もちろん年相応に女性の体に興味はあったけれど、カナとそんな話をしたことは一度もなかった。
「うん」ボクは答えた。突然のカナの言葉に他に答えようがなかった。
「ヒデは経験あるの?」
「ないよ」
「したい?」
「うん。興味はあるかな」
「やってみる?」
「え?」
「私と初体験してみるかって聞いてるの」
「う〜〜ん」
ボクはちょっと考えた。
「カナを嫌いじゃないよ。ただ心の準備が……」
「何言ってるの、女の子みたいね」カナは笑った。
そしてボクに体を寄せて唇を重ねた。
カナの鼓動が唇を通して感じられるほど長いキスだった。
抱きしめようとしたけれど、腕の力が入らずにボクはカナに抱かれるよう形でキスをした。
「ねぇ、私が元気になったらセックスしてくれる?」
カナは伏し目がちに耳元で囁いた。
ボクは「うん」と掠れた声で答えた。
「私、キスしたの初めてよ」
カナは心内膜症欠損症の手術を控えていた。
心内膜症欠損症は、左心室と右心室の間に穴が開いていて血液が混ざってしまう病気だ。
大きな孔でなければ成長するに従い自然に塞がる。また、子供の頃に見つかっていれば手術すれば治ることがほとんどだった。
だが、カナはもう大人だった。そして手術なしでは塞がらない大きさの孔だった。
子供の頃からスタミナ不足を感じていたカナ。高校の体力測定で、これまでに感じたことのないほどの息切れと不整脈に襲われてグラウンドに倒れた。
そして、病院で精密検査。その時に心内膜症欠損症だということがわかった。
「元から体力がないもんだと思ってたの。それがこういう病気だなんてね」とカナは肩をすくめてみせた。
偶然病室前を通りがかった担当医が話に加わり、「手術的には難しいものではないよ。100%近い手術の成功率かな」と笑いながら言った。
その言葉を聞いてボクは安心した。
200本のクジの中にハズレが1本。普通に考えればハズレるわけがない。
医者もボクもそう考えた。もちろんカナもそう考えていただろう。
ハズレるわけがない、と。
「私、おまじないしたの」
「何を?」
「もっと生きていたい……って」