おまじない
ボクはちょっと口ごもり、「馬鹿なおまじまいだな。長生きするに決まってんじゃん。先生も難しい手術じゃないって言ってただろう」と言った。
「うん。わかってる。手術が片付いたら、ちゃんと高校を卒業して、仕事をして、結婚して、子供を三人産んで、幸せな人生を送るの。贅沢でしょ?」
「それって贅沢なの?」
「うん。とても贅沢よ。贅沢じゃない理想なんてないわ」
「そうだね」
ボクたちは笑った。
そして、手術を終えたカナは死んだ。
カナが死んだ後、ボクは夢を見た。
夜中、小さな紙切れを握り締め、「もっと生きたい、もっと生きたい、もっと生きたい」とベッドに跪いて懸命に願うカナの姿を。
「ねぇ、ヒデ」
「ん? なに?」
「私ね。ヒデが思ってるように大人じゃないの」
「うん」
カナは自分の左胸を手の平で押さえていた。
悲しげに何かを訴えるような目だった。
「私、勘がすごくいいの」
「そうなんだ。宝くじで1等当てたとか?」
「うふふふ。それはないけどね。ただ……うまく言えないけど」
「どうした?」
「……やっぱり子供のヒデには言えないわ」 カナは寂しげな笑みを浮かべた。
手術前の不安を言葉にしようとしたのか、あるいは死を予感していたのか、今となってはわからない。
その会話の後、ボクたちは二度目のキスをした。
ボクとカナの最後のキスだった。
ボクは時々考える。
カナのおまじないのとおりに二人は恋に落ちるべきだったのか、セックスすべきだったのか、もっとおしゃべりすべきだったのか……。
ねぇ、カナ。
言い訳してもいい?
ボクはカナの言うように子供だったんだよ。
もう少し時間があれば、ボクは大人の男になってカナをお姫様のように扱うことができただろう。
残念だけどボクは本当に子供だった。
でも、それは大人になっても同じことだな。
いつも後悔している。後悔しながら生きている。
生きるってそういうものなのかもしれない。
もう子供じゃないボクはそう思う。
カナにはわからないだろうな。
何かを失いながら大人になるもんだってことが。
みんな心の底で「大人になんてなるんじゃなかった」と思ってるはずだよ。