正直者の末路
「いやぁ、すまんすまん。お前にも伝えたつもりだったんだが、すっかり忘れていてな」
酒も入っているからかゲラゲラ笑いながらごまかそうとする赤ら顔。
和室の真ん中のテーブルをはさみ、座布団にあぐらをかいて座っている私だったが、勢いよく立ち上がると、彼が買ってきて「これは俺専用」と保持していた酒を奪い取っては、一升瓶ごと飲んでやった。
近所迷惑も甚だしい大きな声が、この地域にこだました。
「まぁ、そのときにな、居酒屋だったんだが、その子がしきりにお前のことを聞いてくるんだよ。当時もあの子はお前を慕っていたみたいだしな、いないことを知ったときは少しばかりしょんぼりしてたぞ」
また大きな口をあけて笑う友人。どの人間も人の恋慕に首をつっこむのが好きなんだなと思った。
その時、初めて彼女のことを思い出したように思う。私自身彼女のことを意識していたことはなく、ただの後輩程度にしか思ったことがなく、とくに目立った思い出も無かったので、当然と言えば当然だった。
「それでな、今度会ってみないか? お前もそろそろ所帯を持つべきだろう。そうすればきっとプー太郎からも脱出できる」
こいつはいったい何が目的なんだろうかと思ったが、特に断る理由も無かったし、同窓会の話を聞いて少し昔の人間に会いたくなったのも事実であったから、あっさり承諾した。
彼は「よし、決まりだ!」とももをパチンとはたくと、すぐさまどこかに電話をした。
「あーもしもし、俺だ。あの件なんだけども、そうそう、あいつ。良いって言ってるから。うん」
電話を切った後、ニヤニヤした顔で私を見る友人に気持ち悪さを覚えたのを覚えている。
「お前もついに嫁さんをもらうときが来たか」
今度は全部飲んでやった。
一週間ほど経ち、約束の場所で約束の時間に、私は彼女と再会した。
「お久しぶりです」
昔とほとんど変わらない彼女に、いったいなんと言ったらいいのかわからなかった。
久しぶりの都会で、久しぶりに女性と飲んだ。
「先輩、まだ書いてますか?」
相変わらずの無表情で、話題を切り出してくる。
「いや、書いてないよ。私はあまり文学に興味が無いからね」
それは嘘だった。
無職となって、暇をもてあますようになった私は、たびたび素人を相手にした俳句大会や川柳の公募に応募したり、また適当に思ったことを書き溜めていたりしていた。