小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

七変化遁走曲

INDEX|66ページ/70ページ|

次のページ前のページ
 

 まるでいつかの、常葉の眼の輝き。それに通じるような、妖艶な光。
 あたしの耳の奥によみがえる。

『紫陽花の歌は二首しかないはずです』
『まるで、狐ですね』

 もしかして。
 あの、先読みの違和感。歳月を感じさせないその雰囲気。
 紺屋さんと共有した時間はまだ少ない。けれど今感じるのは、あの春の日、あたしが常葉に感じたものと同質の何か。
 あたしは静かに息を詰める。躊躇いながら開いた口は予想よりも渇いていた。あの、と言い出してしまえば、その続きを待とうと紺屋さんが口角を上げる。

「もしかして、その……年を取らないとか、実はとても長生きだとか……そういうことですか?」

 深砂鷺の主人は、大きく目を見開いた。
 最低限、軽口にも取れる言い方を考えた。確信しているわけじゃなかった。むしろ、言い切ることが難しかった。ただの予感で、違和感で、彼を怖いと感じることもない。
 ただ、似たものを覚えたから。あの日の常葉と同じようにあたしを試すから。
 すると目の前の彼は再び微笑を浮かべて。

「やだなぁ。私は人間だよ」
 簡潔な答えは、反対にあたしの判断力を鈍らせた。
 翠仙さんは面白いね、等とからから笑われてやっと理解する。どうやら冗談だと思われたらしい。助かったというべきか、恥ずかしがるべきか悩むところだ。
 あたしは自分の短絡的な質問に今更喉の奥あたりをもやもやさせながら、曖昧に謝るくらいしか出来なかった。きっと、変な子だと思われた。今後の仕事の遣り取りに支障が出なければいいけど。
 紺屋さんがお茶の用意を再開したので、あたしもそれに倣って急須を傾ける。真っ白な茶碗に涼しげなお茶の色。けれど、少し出過ぎてしまったかもしれない。

「自分では年相応だと思ってるんですけどね。段々朝が辛くなってきたし、体力は落ちてきたし。童顔だって評判は昔からあったけどねぇ」
 紺屋さんの差し出した御盆に、三人分のお茶とお菓子を載せる。よく絞ったお手拭。茶葉を棚に戻して、さあお茶の間へ。御盆を持ち上げようとした瞬間に、紺屋さんの明るい声が被さる。

「それに、人でないのに人間社会に紛れているのは、キミの所の雑用くらいでしょう?」

 淵にかけていた手の甲から痺れて動けなくなる。その痺れはすぐに脳の裏側まで届いた。

 え……?

 言葉さえ発せられない。たった一言だったのに。とっさに見つめ返した顔は、変わらない微笑なのに。
 聞き間違い。じゃ、ない。瞳だけが、真っ直ぐとあたしを射竦める。
 吸い込まれる。
作品名:七変化遁走曲 作家名:篠宮あさと