七変化遁走曲
「それにしても、くず原の和菓子とは素敵なものを頂きました」
筆文字でくず原とデザインされた包装紙を開きながら、紺屋さんは弾んだ声をあげた。あたしがお茶を淹れているうちに、漆塗りの木皿に寒天菓子を並べる。ちなみに緑茶は有名店のもので、きっと高級なのだろうなと推測できた。
ちなみに何時間も冷やすのを待っていることは出来ないので、急須と氷を使って人数分を淹れる。
「美味しいですよね。紺屋さんもお好きなのならよかったです」
くず原は江戸時代から続く和菓子の老舗だった。饅頭や煎餅よりは上生菓子で有名な店だ。支店が隣町にあるのでよく利用するのだけれど、いつもレジ脇に並ぶ金平糖が可愛いくてついつい購入してしまう。
今日持ってきたのは六月の『あじさい』と七月の『天の川』。どちらも色鮮やかな生菓子で、なんだか食べるのがもったいない。それに実は、薊堂の来客用に買っておいたものを急遽手土産にしたものだから、先刻までしっかり冷蔵庫で冷やされていたので食べ頃だ。
「いつにも増して嬉しいです。これは全くの偶然なんですけど、実はもうすぐ僕の誕生日なんです」
あたしは急須を傾ける手を止めて振り向いた。
「おめでとうございます。何歳になるんですか?」
「それは内緒」
悪戯っぽく、それでいてどこかくすぐったそうに頬を掻く紺屋さん。
それから首を傾げて、
「本当は、もうよく分からなくなっちゃって。十年位前までは余裕だったんだけどね」
「変なこと言うかもしれませんけど、紺屋さんってすごくお若いように見えます」
冗談やお世辞じゃなく、これは本音だった。若い……というよりは年齢不詳だ。
多分、彼が和服を好んで着ているからだろう。今日の琉璃色の単もよく馴染んでいる。まるであたしが私服やセーラー服を着るのが普通のように、一寸のズレも雰囲気の違和感も無い。きっと長いこと着物や浴衣を愛着しているに違いない。
「そんなことないよ。きっと、翠仙さんが思っているより年寄りですよ」
「えっ……?」
その瞳が、猫のようにすうっと細められて。
灰色がかった虹彩が、爛と光ったように見えて。