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七変化遁走曲

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「そんなの、おかしい」

「翠仙?」

 窘めるような常葉の呼びかけ。困惑したように揺れる、陽花さんの瞳。けれどそれらに構っている余裕はなかった。
 あたしの中にあるのは、苛立ち。どうしようもなく、陽花さんの心さえ飛び越えて、姿を現しもしない一人の男性へと想いと募らせる。

「だって、ずっと会いに来てくれないのでしょう。口約束ばかりで、思わせぶりな言葉を使って」

 感情に任せて拳を握った。それだけでは足りなくて立ち上がった。空の桐箱、白い茶器の中で開いた花弁。あたしの腕を引く常葉の手。

「会いに行けないんですか。向こうが来てくれないのなら、こちらから会いにいけばいいんじゃないですか。そうよ、居場所を探し出して、怒鳴り込んでやればいいんだわ」

 あたしを落ち着かせようと伸ばされた指をとっさに頼る。答える代わりに握りしめれば、あやすように受け入れられる。それで少しだけ、溜飲が下がる。
 うん、分かってる。それでも彼女にとっては、この世界で唯一の人なんだ。
 そしてきっと、あの人にも。
 立ち上がったせいで、庭先に降りた陽花さんとの視線の距離は余計に広がっていた。あたしは深く息を吐いた。
 そうだとしても、どうしてもあと一言だけ。彼女の代わりに悪態をつく。

「健気に待つ女性の好意に甘えるなんて、男として最低ね」

 空を裂くあたしの言葉。口元を綻ばせる、傍らの狐。こっそりと見つめ返した視線は正面から陽花さんのそれとぶつかって、たちまちくすくすと笑い声が漏れ聞こえた。

「翠仙、やっぱり貴女、おもしろいわ」
 予想外の彼女の反応に、思わずきょとんとしてしまう。その表情が嬉しそうなものに見えて、あたしの動揺はさらに広がる。
「だって、私より私のことを思って怒ってくれるなんて」
 太陽の微笑。違う、花のような微笑み。とても穏やかで、優雅で、引き込まれそうな。
 今の彼女にはもう、淋しげな色は見えない。ううん、本当は、感情の奥底に忘れられずにわだかまっているのだろうけれど。
 それでも少しでも、その暗がりを照らしてあげれるのなら。一瞬だけでも薄れさせてあげられるのなら。

「そうね、でも――もし来年も会いに来てくれなかったら、愛想を尽かすのもいいかもしれないわね」

 今回の依頼を受けたのは間違いじゃなかった。あたしの思い違いかもしれないけれど、少なくとも今の彼女を見れば、そう思うことが出来た。

「本当にありがとう」

 夏が始まって、また短い一年が巡っていく。
作品名:七変化遁走曲 作家名:篠宮あさと