七変化遁走曲
霧の中。ゆるやかに上っていく石畳。
葉や竹が雨に濡れてさらさらと揺れる音がする。人が二人並べるほどの幅の小路には両側に艶やかな赤紫の紫陽花が開いてあたしたちを屋敷へと導いた。
歩くうちに視界が晴れて、紫陽花の色がより強くなっていく。手の甲や頬が僅かに湿った空気を感じ取る。それは次第に、坂を上る程に色濃くなっていった。
二人分の湿った足音、思い出したように啼くのは夏を待ち侘びる鷺の声。
そうしてあたしたちの視界には、突然その屋敷が姿を現した。
霧雨と紫陽花に彩られた大きな門。砂利の敷き詰められた庭先のアプローチ。松の木や椿の枝の間を、その道を粛々と進んでいく。
久々に訪れた屋敷はあちこちに紫陽花が溢れ、まさに紫陽花屋敷と呼ぶに相応しい情景に変わっていた。右手に見えたあの大きな池だけが、今はすっかり水の気配が少なくなっているのに驚く。
道の終点に佇む重厚な一軒家。その軒先に、紫陽花色の着物を纏った女性が微笑んでいる。
「いらっしゃい。翠仙、常葉」
長い黒髪の女性。あたしの知る彼女は確か、肩までで切りそろえた髪だったはずだ。けれどつややかに長い髪は、その紅色の着物を良く引き立てていた。
「長くお待たせして、すみません」
常葉より前に立って、あたしが頭を下げる。彼女は穏やかに首を振り、そして、儚げな微笑を浮かべた。
「持ってきてくれたのね。あの人の手紙」