七変化遁走曲
「常葉ー」
台所で紫蘇を刻んでいる後ろ姿に声をかける。振り向いたのはエプロン姿ではなくて、安堵するのか甘いと思うのか、自分でもよく分からない。
「なに? 夕飯ならまだだよ」
「違うわよ。何か手伝うことない?」
「翠仙が?」
本気で驚いた顔をされてちょっと凹む。それが伝わったのか、そうじゃなくて、勉強してていいよって意味だよ、なんて言い訳されても深みにはまるだけだ。
「じゃあ、味噌汁に入れるから茗荷を刻んでもらってもいい?」
「そっちのシソは何につかうの?」
「これは和え物。あ、刻んだら味噌溶いてね」
見様見真似で無難に切った茗荷と豆腐を鍋の中に入れる。味噌を溶かして味を付ければ、たちまち夕飯らしい香りが台所に広がった。あたしが味噌汁と格闘しているうちに、常葉は既におかずを仕上げていた。
窓の外が少しずつ紅色に染まっていく。きっと今日の夕焼けも鮮やかに世間を染めるのだろう。夕飯を食べたら外に散歩に出たくなるような。
味見する常葉の横顔を、緊張したままで様子見。小さく頷いた喉元に、ひっそりと安堵する。
「ねぇ。アジサイのことだけど」
「うん?」
ガスコンロの火がぱちりと止まる。いつしか炊き立てのご飯の香りも漂っていた。
常葉は、あたしがそう言っただけで何の話かを察したみたいで、特に疑問もないままに話の先を促した。
「あれからあたしも色々考えてみたの。聞いてくれる?」