七変化遁走曲
「なんかおかしい」
ちょっと棘っぽいあたしの言い方に、常葉は戸惑いながらも問い返してくれる。
「なにが?」
「常葉も、足りないって思ってるんでしょ」
確かに、今の時点でこの中で一番答えに近いのは牡丹の掛け軸に見える。けれど、あたしたちが探しているのは近いものじゃなくて、それそのもののはず。それともただ単に何かを見落としているのか。見落としているならどの時点で?そもそも、導き出した二首で合っていたの?
「見落としているものがあるはず。アジサイ、私から彼へ。橘、八重――」
どんどん深みに嵌っていく。
あともう一言、もうひとつでいいから、何か決定的なものがあれば。
「――とにかく。今日はここまでにしよう。この掛け軸は土曜日に君と一緒に陽花さんの所へ持っていく。それまでにもう少し何かないか、僕が調べておくよ。それでいい?」
それは明らかに妥協点だったけれど、ここで立ち尽くしても見つかるはずはないのだから、あたしもゆっくりと彼の言葉に賛同した。
絶対に、取り零している何かがあるはずだ。
何かが。あたしたちを導いてくれる言葉が。
再び蔵に施錠して、後ろ髪を引かれる思いのまま庭を横切った。紫陽花は次第にその色味を失いつつあって、代わりに純白の百合の花が悠然とその花弁を揺らしている。
紫陽花の時期はもう、終わりに近づいている。