七変化遁走曲
「あたし思うんだけど、ここにきてどうして急に牡丹なの?」
口にしてしまえば、それが当然の疑問のように感じられた。
なんというか、しっくり来ない。アジサイを探しているはずなのに辿り着いたのが牡丹って、やっぱりなんかおかしい。今までなら一目見れば『これだ』と確信するようなものに巡り合って来たのに、今回当てはまるものが赤と八重って。どうなの?
「牡丹か否かじゃなく、キーワードが重なるのがこの掛け軸なんだ。何より色が赤紫。紫陽花と同系の色だろう?」
「色はそうだけど……」
よくよく見れば、常葉も内心は同様の意見のようだった。なんだか煮え切らない面持ちと口調。解説?弁明?しながらも眉間にシワが寄ってる。本人は気づいてないかもしれないけど。
事務室から持ち出してきた上質白紙には手書きの文字が並ぶ。常葉の字ではないようなので、おそらく請負中の多千花の店主のものなんだろう。細身ながらしっかりした筆書きの文字は、あたしでも読み易い。
「これが納品リスト。特徴として色まで書き留めてあるけど、紫陽花の色、つまり赤がベースになっている作品はこれしかないんだ」
「青や藍色は?」
「それなら三品ある。けれどどれも、これ以上に当てはまるものがない」
話を聞きながら、縦書きの字を横に横にと眺めていく。
現在薊堂で預かっているのは二十点。そのうち修理や整備に出しているのが五点。既に売り手が決まっているのが三点。それぞれの名前と制作年、作者、簡単な特徴などが書き留められている。あたしはその中頃にあるひとつの名前を指差した。
「これは? 花瓶だし、花つながりで」
「それだったら、こっちの華清の作の平皿だって外せなくなってしまうよ」
常葉が示したのは一つ隣の焼物。別々の名前を指差し合って、仲良く困惑に唸るあたしたち。そして目線を移動させれば、またひとつふたつと『花』や『藍』の字を見つけてしまう。
「やっぱり、一番近いのは八重咲だ」
結論付けた横顔はどこか頼りない。拭い去れない曖昧さを押し避けて、自分自身に言い聞かせているようにも見える。まったくもって彼らしくない。紫陽花の歌は二首だけだと調べ上げたあの自信はどこに行ったのか。そして、あたしが加わったくらいじゃどうにも進展しない薊堂の軟弱さに疲労さえ覚える。