七変化遁走曲
薊堂の裏手に回り込めば、都会の一般住宅にしては十分な広さの庭がある。
建物を背にしているのだから、庭というよりは裏庭と呼んだほうがしっくりくる。垣根を沿うように、ぽつりぽつりと紫陽花や百合の花。そして特徴的なのは、右手にある稲荷の祠と、左手奥を占拠する土倉。祠はともかく、この二階建て地下室ありの蔵のおかげで、それなりに広いはずの庭の半分はあってないようなものだ。
常葉の後姿を追いながら、ついつい祠のほうへ目を向けてしまう。祠の手入れはあたしの仕事だ。此処に暮らすようになってあらためて祖父に頼まれたことと、さすがに自分の社まで常葉にやらせるほど白状でもない。
狐は神の遣い。そういえば、常葉の遣える神様って誰だろう。
今度落ち着いた頃にでも聞いてみようか、ぼんやり考えているうちに背中が立ち止まっているのが見えて、慌てて急停止した。
鍵を取り出し、無骨な南京錠を外す。ずりずりと土戸を開ければ、僅かに湿り気を含んだ空気が静かに開放される。
壁際のスイッチを弄ると、広々とした蔵のあちこちが光に照らし出された。埃と紙の匂い。踏み出した床板は、ぎしりと音を立てるわりには頑丈だった。
「こっちだよ」
鍵を電気ランプに持ち替えた手に呼ばれ。地上一階の一時保管エリアに連れて行かれた。並ぶのは金庫から桐の箪笥、電子ロックや湿度調整機能のあるの保管棚まで大小含め様々だった。見た目は古めかしい土蔵なのに中は防犯対策も万全なので、最初に見たときはさすがに圧倒された。ちなみに入り口の鍵は南京錠だけれど内部はセキュリティシステムが常時稼動しているので、ロックを解除しないと入ることは出来ない。忘れて入ったときにすぐ警備会社から連絡が来たからダミーじゃない。
テンキーをぽちぽち打ち込めば、やや間があって開錠音が響いた。
「――それで?」
常葉が広げたのは、飾るには程よい大きさの鑑賞用の掛け軸だった。書付に従えばさして値が張るということもない。一般家庭の床の間に似合う、美しくも有り触れた作品に見える。
「これといって、何か特徴があるようには思えないけど」
あたしは一分の半分位の時間を使ってじっくりと絵柄を観察した上で、今までのような確信的な決め手を見つけることができずに呟いた。
それから、ずっと気にかかっていたことをもうひとつ。