七変化遁走曲
あくびを噛み殺しながら、駅のホームでぼんやりと立っていた。
夏至も間近だというのに一日はあっという間で、時間は進むのに太陽の場所だけがあまり代わり映えしない。お陰で夏のはじまりはいつも時間の感覚が狂う。腕時計を見れば4時少し前。少し図書館に寄ってきたせいで、電車が来るまで少し待ちぼうけ。
昼休みは約束通りに事務所に電話を入れたものの、何故だか常葉は電話に出なかった。旧式電話では着信履歴も残らないので、向こうから折り返しかけてくることもない。
調査が難航しているのかもしれない。ぺらぺらと捲った感じでは歌は何千という数があるようだし。――まさか、彼はあの量を自力で調べている訳じゃないわよね。
「あの、落し物ですよ」
そこはかとない不安を覚えてじりじりしていると、背後から急に肩を叩かれた。なんとなく知っているような声だな、と引っ掛かりつつ振り向けば、その感覚は絶対的になる。
「あ、すみません――って」
「よかった。やっぱり浅見さんで合ってた」
知人に笑顔を向ける彼は、夏物の深藍の着物姿。誰あろう薊堂裏の古本屋店主の紺屋永春さんだった。
あたしよりずっとさらさらの横髪が構内の人工風に揺れる。こんな街中でも彼のスタイルは変わらないらしい。
袱紗で包んだ長持さえ彼が持つのであれば違和感なく、反対にその徹底した似合加減は多くの女性を振り向かせるに至っていた。こんにちはと微笑まれて、あたしも慌てて会釈を返した。
「紺屋さんはお出かけですか? それとも、帰り道?」
「両方ですね。宅配の帰りで、仕入れの道すがら。どっちにしてもお仕事だ」
そう言って片手で袱紗を持ち上げて見せる。どうやら中身は空っぽらしい。仕入れというからにはこれから何処かに古本を買い付けにいくんだろう。
ホームは反対側のようだけれど、お互い待ち時間があるのは変わらない。紺屋さんがあたしの隣に立ち、他愛ない世間話を始めるのはとても自然な流れだった。