七変化遁走曲
彼女とアジサイの繋がりなどは、思い起こせば最初からあったような気がする。
彼女――陽花さんの家をたった一度だけ訪ねたあの日。なだらかな一本道を上っていけば、その両脇にはまだ蕾すらついていない紫陽花の株が並んでいた。残念ながらあたしは一目見ただけでは紫陽花の株だとは気づかなかったのだけれど。
だって、そうでしょう。アジサイはいつだって気がつけばそこに咲いていて、毎年梅雨の時期になるまではその場所にアジサイが生えているなんて思い至りもしないのだから。
あの、鞠のような鮮やかな装飾花が、色付いて初めて梅雨を知る。今年だってそうだった。庭先にセイヨウアジサイが咲いているのを見て、ああ、こんな間近にあるものなんだと感心の息を吐いたのだ。
「白から青、か。結構初歩的だったね」
常葉もあたしと考えは同じだったようで、電子辞書の液晶を満足そうに覗き込んでは安堵に笑った。
紫陽花のページには、ひっそりと四片という記述もあった。
電車のアナウンスがあたしの下車駅の名前を告げる。いつの間にか車内にはあたしの高校の制服姿が大勢乗り合わせていた。この中に、同じクラスの生徒が乗っていないことを祈るばかりだ。
「打ち合わせはここまでだね。僕は戻って紫陽花の歌われている歌を選り分けるよ。そんなに数があるとも思えないから、並べるだけで何か見えてくるかもしれない」
電車のスピードがゆっくりと落ちていく。滑り込んだホーム、吐き出される人の波。それに紛れて朝の涼しげな空気の中に出れば、先導して降りていた常葉がその人波から外れた。振り返るその視線に従うように立ち止まる。
売店横のエアポケットになった空間。ここだけがまるで、喧騒から切り取られたように平和だった。
「全部揃ったら連絡する――いや、授業中だと出れないんだっけ。昼休みになったら事務所に連絡してよ」
「あたしも合間を縫って歌探してみる」
「だーめ」
にっこり微笑む眩しさに言葉を詰まらせる。そして更に、あたしを現実に引き戻す一言。
「テストは明後日からだろう? 半分以下だったら不本意ながら薫さんに電話するから、覚悟しておいてよ」