七変化遁走曲
「それはともかく、『私』と『彼』についてだけど、今までがヒントだったのだから今回も比喩じゃないかと思うんだよ」
言われて今までの言葉探しの経緯をなぞってみる。雨夜に盃、君恋池。今回も同じように、本当の姿が何であれ、二人から連想される言葉やフレーズを特定しないと先に進まない。
「『私』が陽花さん、『彼』がヨヒラだとして、二人からたどり着ける歌だ」
「ヨヒラ、か。ちょっと待って」
あたしはちょっと思うところがあって、脇に抱えていたカバンをごそごそと漁る。昨晩使ったから、机の上に忘れていなければ入っているはず。
「なんだい、それ」
「学生の強い味方よ」
あたしの取り出した電子辞書を不思議そうに眺めているので教えてあげた。そうか、事務所には紙の辞書しかないし、見るのは初めてなのか。
興味津々の視線に勿体ぶって、仰々しくキーボード型のボタンをぽちぽちと押す。
決定ボタンを押す頃には、該当しそうな単語はひとつふたつしか残っていなかった。その中に唯一、単語として残る項目がひとつ。
「あった、ヨヒラ。四片って書くのね。『花弁が4片あること。4弁。または、あじさいのこと』」
「あじさい……」
そういえば、陽花さんの屋敷にも君恋池にもあじさいの株があったっけ。池のほうは殆ど満開で、まるで誰かが飾ったみたいに水面に花弁が浮かんでいたのが印象的で幻想的だった。
「陽花さんのほうは特定できなそうね。妖花、蛹化とか?」
「あ、ちょっとストップ」
狐のくせに英語なんて口にしてなんのつもりだろうかと驚きつつ、何やら考え込む風情の彼に聞き返す。
「あじさい、って、打ち込んでみて」
思案顔はやがて閃き顔へ。なんだか引っ掛かりを覚えながら、言われた通りにボタンを押す。
あれ?ちょっと待って。
そういえば、あじさいって、漢字で書くと――
『紫陽花』
そこに、彼女の名前を見た。