七変化遁走曲
招かれて、テーブルの端のほうに席を取る。そうすると笑って更に手招かれ、結局その人の斜め前に座ることになった。
東屋の中はふわりと甘い香りがする。何の香りだろう。花の香りとはちょっと違った、やわらかな芳香がかすかに鼻に届いた。
「お嬢さん、名前は」
「浅見翠仙です」
戸惑いながら答えれば、ほう、と関心の眼差し。
「水仙か。天女の花だな」
そういう風に言われると、なんだかくすぐったい。確かにあたしの名前はスイセンからとったとおじいちゃんが言っていた。でもそれを天女と結びつけられると、自分の性格との違いがあまりにも目立ちすぎて言葉に詰まってしまう。
「名前に相応しく、たおやかな少女のようだけれど」
「そんなことありません。……あ、あの、あなたは?」
「私か? 私は――」
彼はちょっと困ったように首を傾げる。何を悩んでいるのか、うーん、と頭を捻って、やがて誤魔化すようにひらひらと指先を振り払った。
「私のことは良い。たいしたものでもない」
「でも、それじゃずるいです。あたしの名前を聞いたのだから、あたしにも教えてください」
食い下がれば、なんだか楽しげな顔。あたしはあたしで、またちょっと子供っぽいなと自覚しながらも、言葉を引っ込めることは出来なかった。それに益々微笑まれて。
「おやおや、抜かったな。まぁ致し方ないか。では、『四片』とでも呼んでくれ」
口振りからこれも本名でないとは分かったけれど、それ以上訊ねるのはやめた。
「それで、ヨヒラさんは、此処にはよく来るんですか?」
気を取り直して、あたしは彼に話しかける。いつの間にかテーブルの上には茶器が並んでいて、彼が陶器の碗にお茶を注いで差し出してくれる。そして自らは変わらずに水で口を潤す。
「ああ。といっても、やはり手の空いたときにしか来られないが。いや、反対に手が足りないときにも逃げてくるかな」
その冗談めいた口振りに、思わずくすりと笑う。
「実はあたし――私、この池のことを調べてるんです。この池の成り立ちとか、伝承とか。何かお知りのことがあれば教えてくれませんか?」
ヨヒラさんの目が、あたしを正面からじいっと見据える。一瞬怖気付いたものの、すぐに微笑を浮かべたので、こっそり息を吐いた。
「うーん、そうだな、地形的な成り立ちは詳しくないけれど、言い伝えなら少し知っている」
言いながら、また硝子コップを傾ける。ごくりと喉を鳴らしてから、ふと窓の外に目を向けた。
「ここはね、ある神様の庭だったんだ」