七変化遁走曲
いつの間にかあたしはセーラー服に逆戻り。サマーニットにハーフパンツだったはずの足元さえも、馴染みのローファーに変わっている。
一瞬混乱はしたけれど、これが夢なんだって気付くのに時間はほとんどかからなかった。
霧に阻まれた視界が、少しだけ開ける。そこはどうやら池の畔だった。
なんだか見覚えのあるシルエット。池を半分囲むように茂る木々と、水際には青々とした葉の株。そこにはぽつぽつと白い花が群生していて、振り向けばやっぱり、知っているような東屋の影があった。
「まさか、夢の中でまでここに来たいなんてね」
ざり、と爪先の小石を掻き分ける。夢なのにやけにリアルだ。
おそらく此処は、君不来池。三日前に初めて立った場所にあたしは居る。
他に人の姿は見当たらなかった。試しに狐の名前を呼んでみたけれど、やっぱり夢の中だとしても都合よく現れてはくらないらしい。
ぼんやりと水面を眺める。また少し、真っ白な霧が薄くなる。池の全貌が見えた所で、その表面を覆うように流れる花弁に気がついた。
花弁というよりも、花そのものが四枚繋がったままひらひらと浮かんで回っている。自然に落ちたものではないのかもしれない。もしかしたら、誰かが気紛れに摘んだものなのかも。
その様子を不思議な気持ちで眺めていると、背後でふいに物音がした。
「みをつくし」
びくりと肩を震わせる。それが声だと分かって、ふっと力を抜く。
「恋ふるしるしにここまでも、めぐり逢ひける縁は深しな」
振り仰げば、いつの間にか東屋に人の姿がある。
簡素だったはずの東屋は、よく目を凝らせば観音開きの窓が四方に開け放たれた立派なものに変わっていた。欄間は螺鈿の装飾が施され、柱は朱色、屋根は艶やかな黒だった。
その、開け放たれたこちら向きの窓辺で、男の人が寄りかかって池を眺めて居た。
「こんな場所に人が来るなんて、珍しいな」
その人はあたしに気付いて、ふわりと微笑んだ。ううん、あたしに気付いたから声をあげたのかもしれないけれど。じっと見詰めるその眼も黒髪も、お互いの距離があまり近くもないにも関わらずよく見えた。
あたしは慌てて頭を下げる。
「すみません、誰かがいるなんて思わなくて」
「構わないよ」
言いながらコップを傾ける。見ればその人は、古本屋の主人のように和服姿だった。でも、浴衣や羽織とは少し違う。もしかしたら、唐衣とかそういった少し外国寄りの拵えかもしれない。
それなのに、その人の手元は硝子のコップ。なんだかその辺にあったものをあり合わせで使っているような感じだ。
「最近は忙しくて、誰かとゆっくり話すこともなかった。少しくらい相手をしていかないか」