七変化遁走曲
来客の帰った応接室で、あたしたちは引き続き顔を突き合わせていた。
テーブルの上には紺屋さんの置いていった地図。何かヒントがあるかもしれない、と貸してもらったものだけれど、正直これ以上の発見があるとは、あたしには思えなかった。
「じゃあ……どうすればいいの」
当惑を隠すこともせずに常葉に問い返す。もちろん、その答えを彼が持っているとは思わない。けれどそれでも、彼ならばこの不安を少しでもやわらげてくれるんじゃないか、そう頼って、彼の両目を覗き込んでしまう。
「陽花さんの言葉は謎かけだったってことだ。そうすると僕達は、どうにかして『君来池』に行き着かなければいけないんだ」
常葉はあたしよりずっと落ち着いて見えた。いや、そんなことはいつもだけれど、そうじゃなくて、ふりだしに戻ったにしてはもう既に先を見据えているというか――迷いなく次の一歩を踏み出しているような、そんな安心感があった。
「表ではなく、裏。表面ではなくて内側。真逆、か……もしかしたら、池の中にヒントがあるのかも」
変わらない彼の様子につられて、あたしも調子を取り戻す。冷静になれば周りのことも見えてくる。かすかに漂ってくる夕餉の香りも、遜色なくあたしの空腹を刺激する。
「もしかして入る気?」
「幸いにして今は夏目前だ。どう頑張っても風邪はひかないよ」
冗談めかして傾げる首に、思わず笑う。言っていることは本当に途方もないことだけれど。
「その前に、化け狐って風邪引くの」
濡れ鼠……じゃなかった、濡れ狐になって溺れている姿と、氷枕で撃沈している姿を勝手にイメージしながら、意地悪を言ってみる。すると常葉はちょっと得意げな顔つきになって、
「勿論だよ。だから今後、僕が弱ってたら介抱してね」
エプロンの紐を後ろで結びなおしながら、狐がにやりと口角を上げた。