七変化遁走曲
――で、帰ってみると。
その爽やか美人がきらきらした表情で洗濯物など畳んでいる。今日は晴れたのですかさずシーツを干してみたんだ、などと得意気に自慢されてもリアクションに困る。
いつも通り、鞄を抱えたまま二階の事務室へ。常葉が屋上から戻ってくるのを待って、今日の仕事の(念の為に言っておくけど、家事じゃなくて依頼のほう)成果を尋ねてみる。
「残念ながら、進展なし」
言いながら常葉はごく自然に麦茶を淹れて私の前に置いた。午前中は資料探し、午後は中頃まで改めて君来ず池に調査に行ったらしい。
「中々思うように資料が集まらなくてね。それで周辺の住人に聞き取りもしたんだけど、思わしくないんだよね」
君来池、花弁、そこに咲く花。それが咲いていれば見つかるはずだと、依頼主の彼女が言ったという。
釉薬の中に浮かぶ花弁は、一体何のものなのか。『君来池』は何処にあるのか。
「『流れてゆくもの。歌のように雲のように。それよりも儚く、それよりも確かで』」
聞き覚えのあるフレーズに、ふと視線を廻らせる。
「何だったかしら、それ。陽花さんの言葉?」
「そう。とりあえず、夕方まで少し君来ず池の歴史について探してみるよ。翠仙は、ちゃんと勉強すること。来年は受験生だろう? それと、暫くは学校のことだけに集中してね」
「え、何、どうしてそんな話になるの」
「僕が把握してないと思ってるの。来週からテストなんだろう」
どうしてそれを知ってるのよ!
声を上げかけて、そういえば昼間に布団を干したとか言っていたのを思い出した。当たり前だけど、常葉はベッドになんて寝ないから、じゃあ誰の布団を干したのかといえばあたしの部屋のに決まってる。
「もしかして、机の横のコルクボード、見たでしょ」
別に相手は狐だし、部屋が汚い訳でもないしで無断で入られることに抵抗はない。
けれど、まるで全部お見通し見たいな言い方の、その正体をそ知らぬ顔で隠す様子が納得いかない。
それに、テストなんて言ったら昨日だって連れて行ってくれなかったくせに!
「構わないけど。補習で置いてきぼりを食らうのは翠仙だから。僕は痛くも痒くもないよ」
つん、と狐らしく澄まし顔。確かに少し釣り目がちの、黒髪。容姿は整っているし、一見して穏やかそうな横顔だ。
だけど、やっぱり納得いかない。
「なにが優しそう、よ」
「何か言った?」
なんでもありません。
地獄耳の笑顔に聞こえないように、今度は喉の奥で呟いておいた。