小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

七変化遁走曲

INDEX|29ページ/70ページ|

次のページ前のページ
 


「ああっ、来た来た! 翠ちゃん!」

 教室の扉を開けた途端、驚くような声量であたしの名前が叫ばれた。おはようと言うのも忘れて、あたしは困惑しながらもわらわらと飛び掛ってくる友人達を見渡した。
 あっという間に埋め尽くされる視界。制服の白。昨日の疲労の取れていない朝には少し眩しい。

「ちょっと、見たよ」
「どういうことなの、あれ。弁明を要求するわ」
 囲まれて、今度は口々に何かを訴えてくる。けれど彼女達の言葉はひどく抽象的で起きてから2時間していない脳では、ちょっと思考が追いついていかなかった。

「見たって、弁明って、何を」
 仕方なく問い返せば、
「昨日の放課後」
 と付け加えられる。そこからもう一言重ねられる。
「駅前のベリーズで」

 昨日の放課後に寄ったファミレスの名前だ。それはすぐに分かった。だからやっと、彼女達が言おうとしていることの全貌が、やっと形を成してくる。
 つまり、放課後に常葉と待ち合わせをした場所。友人達がこぞって聞きたがる質問の意味。

「ねぇねぇ、あの男の人誰なの? 黒髪で、すこーし釣り目の、笑顔の爽やかな美人さん」
 あれを『爽やか美人』と言える着眼点に敬服する。
 確かによく笑ってるけど、思い浮かぶのは幸せそうに事務所の掃除をしたり幸せそうにきつねうどんを食べたりする場面ばかりだ。
「あー……あれは」
「兄弟じゃないよね。確か弟だけって言ってたし。てことは、」
「もしかして」

「「「カレシ?」」」

「絶対に違う!」

 これにはとっさに反論した。

 だって、狐だよ。家事と人間社会順応が好きな狐だよ。そのくせ宿題学業特訓と厳しい監視役。
 後半はともかく前半を口に出来るわけはないので、あわあわと言い訳を考えていれば、いつのまにか周囲には生温かい微笑達。

「またまた、照れちゃって」
「隠さなくっていいのにー」
「隠さなくていいから、包み隠さず教えなさい」
最後だけはちょっと殺気が篭っていた気がする。

「本当に違うの。あれは……ええと、バイトの先輩で。というか、保護者?」
 我ながら適切な表現を思いついたと思う。バイトの上司兼保護者。一ミリたりとも嘘は混じっていない。
 ちょっと残念そうな三人を見て、反対に胸を撫で下ろす。やっと冷静さを取り戻してきたので、余計なことを口走らないようにと心がけながら顛末を説明する。
 自分が今、祖父の事務所でお世話になっていること。あの青年はもともと事務所で働いていた人間で、今は一通りの仕事を教わっているところだということ。

「だから、昨日もそれの一環」
「えー、どうして『事務所』の外で会うの?」
「それは、そのまま外での仕事があったから、一度戻るより待ち合わせたほうが時間が有効的だったからで」
「つまり、あの人とデートだったってことかぁ」

 軌道修正したはずが再び軌道が逆戻りだ。
 おかしい。どうしてもこの子達には『素敵な年上男性』に見えるらしい。うんまあ、『年上』なことは間違いないか。
 あれ?そういえば常葉って何年くらい生きてるんだっけ。薊堂は確か、明治維新以降に創設したって話だけど。

「ちょっと、話聞いてた?」
「だって、『二人きり』で『外を歩く』ならデートでしょ」
「いいなぁ、優しそうだったもんねぇ。きっと丁寧に教えてくれるんだろうなぁ」
 そんなことない、口うるさいし邪険にされる。完全に子ども扱いだ。思いはするけれど、夢を壊すのも忍びなくて口を閉ざした。
 その無言を、彼女達は一体どのように捉えたのか、ここぞとばかりに浴びせられる好奇心の言葉達。

「ねぇねぇ、名前は? 年齢は?」
「住まいは? 趣味は? 彼女はいるの?」
 次々と飛び出してくる質問には全て黙秘を貫くことにした。
作品名:七変化遁走曲 作家名:篠宮あさと