七変化遁走曲
「おめでとう」
ハタキで本棚の埃を払う合間を縫って、常葉がおざなりな拍手を送ってきた。
今更だけれど、どうしてあたしは助手に答え合わせを要求しているのだろう。もっと言うと、どうして意地になってとっくに判明している手掛かりを探しているんだろうか。冷静になってみればただ非効率的な行動に疲弊しながら、それでも自力で探し出せたことに対する満足感を存分に味わいながら図書室の本を突きつける。
「ということで、酒と白についてはこれで確定だね。僕は李白と雨夜の繋がりを探してたんだけど」
「そっちも見つけたわよ」
言葉の先回りと共に思わずニヤリと笑うと、これは彼の驚く顔を引き出すことができた。驚きというか、意外そうな顔?へぇ、なんて嘆息されたら、予想より頭が回ること、つまり、予想では頭の悪い子と決め付けられていたんだと邪推するしかない。
「雨の文字が出てくる作品がいくつか。古典の先生にも確認して来たんだから」
あたしだって、まさか進展のないまま意味もなく自信たっぷりにふるまっている訳じゃない。言いながら、これ見よがしに用意していたページを開いて見せた。
「で、あたしはこれじゃないかと思うんだけど」
目の前に広げられた本を取り、そこに乗っている一作をしげしげと眺める助手。ちなみにこの本は作品によっては原文で掲載されているので、内容を知るにはまず書き下し文に直さなければならない。一通り目を通すだけでも苦労したのだ。
「黄雲、城邊、烏棲まんと欲し――涙、雨の如し。うん、確かに雨は出てくるね」
あたしが先生に教わりながらたどたどしく読んだ詩を、常葉は一瞥しただけで読み上げてしまう。そこがまた悔しいけれど、今回は目を瞑ろう。
「でもどうしてこれだと? 雨を扱う作品ならこっちの『猩猩煙に啼いて鬼は雨に嘯く』の出てくるこっちのほうが近いように思うけど」
「タイトルをよく見てみなさいよ」
いぶかしみながら別のページを支持する彼に、もう一度同じページを眺めさせる。見比べること数秒。じっと確かめては、今度こそ納得の頷き。
「烏夜啼……ああ」
口にしてから、もう一度深く頷いた。
つまり、あたしの確信はここだ。今朝の常葉の言葉を上手く聞き取れなかったのをヒントに、文字面だけでなく『音』のほうに重点を置いて探してみたのだ。捉月ではなくトゲツとして。雨の夜ではなくウヤとして。
そうして見つかったのが、この『烏夜啼』だった。
「陽華さんからは口頭で伝えられたから曖昧だったけど、雨夜と烏夜なら読み方も同じでしょう」
「確かにこれなら、どの言葉とも結びつきが強い。そうすると、この中で目を引くのは……」
じっと泳がせていた視線が辿り着く場所。あたしの人差し指と常葉の人差し指が、同時に同じ一文字を指差した。
「『烏』」
タイトルにも入っていて、作中で鳴き声をあげている烏。闇よりも深く、夜露よりも艶やかな烏。そして機を織る女性。まるでその人が、その情景が、霧の屋敷に住まう彼女と重なる気がした。
「烏に白に盃……これで何か心当たりはない?」
「ある」
尋ねると、今度は間髪入れずに頷いた。静かに詩の最後までを読み通し、それから、ふっと息を吸い込んでこちらを見上げる。
「隣町に『伯烏庵』という骨董店がある。そこに行ってみよう」