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七変化遁走曲

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 目的地までは車で十五分弱。ただし、薊堂には車がないために移動手段はバスかタクシーだった。おまけに沿線とは随分離れた場所にあるらしいので、必然的にあたし達は、自動で開く後部座席の扉から車へ乗り込んだ。
 段取り良く手早く、いつの間にか門の前に寄せられていた市内タクシーは、行き先すら事前に告げられていたらしく、扉が閉まると同時にひとりでにどこかへ向かって走り出した。
 あたしの服装は悩んだ挙句のセーラー服。女子高生風情が正装なんて持っているはずがないわけで、ダークグレーに袖を通した青年の隣に座れば忽ちどこの授業参観だという組み合わせの出来上がりだった。

「ああ、薊堂さん!」
 そんな場違い二人組み(正しくはあたし一人)が敷居を跨いでも、骨董品店『伯烏庵』の店主は奇妙な顔一つせずに迎え入れてくれた。
 カウンターで微笑んでいるのは初老の男性。虫眼鏡越しだった新聞から顔を上げて、常葉を見るや否や表情を更に和らげる。白髪は少なく見えるけれど、祖父よりも少し若く、父よりはずっと年を召している感じがした。雰囲気からしてちょうど中間くらいかな。とにかくその、笑い皺の穏やかな小父さんへ、うちの店番も同じようにして笑みを浮かべた。
「お久しぶりです、店主」
 自然と握手を交わしながらいたく嬉しそうな店主。うちの店仕舞いについてはよく聞き及んで居たらしく、また再開したことを知って喜んでくれて居たらしい。
「また一緒にお仕事が出来ると思うと、嬉しくてたまりません。桂さんも隠居はしながらもお元気だそうで。もしかして、こちらは」
 と、先刻から聞きたくて仕方なかったという高揚を隠しきれずにあたしを見詰める。あたしは少し緊張しながらも、毅然とした態度を保って頭を下げる。

「浅見桂一朗の孫の翠仙です。今日はお世話になります」
「まぁ大きくなって。私が年を取るのも世の常ですな」

 伯烏庵という名前に心当たりが無くても、確かに小父さんの顔には覚えがあった。今思うと、どうやらあたしは幼い頃、随分あちこちの仕事仲間のもとへと連れて歩かれていたらしい。
 まぁ、そのお陰で『この職業』が働きやすくなるのなら、やはりどうあっても祖父の恩恵なのだ。

「それで、電話した件なんですが……」
 一通りの世間話を重ねた後、頃合を見計らって常葉が本題を切り出した。
「ああ、はい、ありますよ。どうぞこちらへ」
 ループタイを揺らしながら、店の奥のほうへと先に立つ。店構えは和骨董が中心のようだ。通路両側の陶器も壁際の色紙絵も、年月を重ねているようだけれど、どれも『色褪せた』感じがない。よほど慎重に大切に扱っているのだろう。焼物にとっても調度品にとっても、それは幸福なことのように感じられた。

「普段なら酒壷は複数揃えているんですが、生憎今店に出せるものはこれだけで」

 言いながら彼が広げた袱紗からは、輝くくらいに真っ白な壷が顔を覗かせる。
 細めの首に、やや楕円形の胴体。酒壷にしては小振りな、あたしの両手の中に乗せられるくらいの寸法だった。釉薬は均等に全体を覆っていて、色の罅が一片も入っていない。時の流れさえ感じさせない文字通りの純白。

 聞きかじりの知識しかないあたしでも感じる。
 息を飲み、溜息。見惚れるほどに。
 それはただ一言、美しいの表現に行き当たる。

「どうでしょうか。こちらで御眼鏡にかなうと良いんですが」
 その色が、常葉の慎重によって手付きで裏返される。合間から覗き見れば、底に『光陽』と陶印が入っているのが確認できた。
 ふう、と、狐が短く息を吐いた。どうやら彼も息を詰めていたらしく、充塞を薄めるために静かに酸素を取り込んだ。
 それから、一拍の間の後にあたしを見る。その瞳は確かに頷いて見えた。

「有難うございます。これで間違いありません」
作品名:七変化遁走曲 作家名:篠宮あさと