七変化遁走曲
ガタンゴトン。
沈黙はきっと、呼吸をするだけの僅かな時間だっただろう。四両編成の車両の、同じ両には他に乗客はいない。繋がれた扉の先にも果たして何人が乗っているのか、日に焼けた広告が空調でふらふらと揺れている。
やがて諦めたように狐が口を開いた。
「……答えられない。詳しくは僕にも分からないんだ」
力なく首を左右へと振る。それからじっとあたしの目を見返す。その瞳は元通り、人間に似た琥珀の色に戻っている。
「けれど、あの人との付き合いは長い。あまり関わりが深いわけではないけど、人間であれば同じ姿のまま五十年も百年も生きていられないはずだ」
「少なくともただの人間ではないってことね」
トンネルを抜ける。耳鳴りと顰めるほどの眩しさが過ぎて、現実が帰ってくる。いつしか窓の外には、ぽつぽつと背の高い建物が目に付き始める。
「だからこの仕事は受けなければいけない。彼女が人間でないなら、仕事がウチに回ってくるのも仕方ないことかしら」
「嫌ならやめていいよ」
「でも、あなたは続けるんでしょう」
言い放てば、感情の曖昧な横顔が振り返る。あたしは目を逸らしてしまわないように睨み上げる。その口元に弱く笑みが浮かぶ。
「頼もしいね。って、いたた」
「いい加減怒るわよ」
この扱いにそろそろ苛々してきたので、軽く手の甲を抓ってやった。
本当にもう、いつになったらお飾り対応をやめてもらえるのか。
自分の威厳のなさに呆れるけれど、彼を涙目に出来たので今日はよしとしよう。