彼と私の宇宙旅行
一面の向日葵畑で、私たちは踊り、駆け回っていた。
「素晴らしいね! これほどの美しい光景は火星でも滅多に見れなかったよ。このヒマワリという花は実に面白い!」
髪から靴の先まで病的なまでに赤く染め上げた身を回して、彼は少年のように笑う。
私も、子どもの時にも無かった程に走り回った。
「向日葵はね、太陽を追いかけて花が向きを変えるのよ。凄いでしょう」
彼の楽しそうな姿を見ると、心が軽くなる。もう二度と、彼の辛い姿を見たくない。
「太陽を追いかけて、か。まるで僕らのようだね。地球人も火星人も、誰もが太陽を追いかけずにはいられない。宇宙を望まずにはいられない。その身を焦がすことになったとしても、ね」
その言葉に胸が疼く。記憶と正気を失ったはずの彼が、宇宙を望むなどと言えるだろうか。
もしかしたら、全ては彼の演技で何もかもが失われていなかったのだろうか?
私を欺くために嘘をつき、夢を諦めるために記憶と正気を失った振りを?
彼の表情には翳りがない。無垢。少年の笑顔。私が一緒に生きていこうと告げた時に、記憶も何もないままで即答した彼。
我知らず、問いかけが言葉となって零れていた。
「ねぇ、夢を失った人にはもう一度それを追いかける資格なんて無いのかなぁ」
視力を失い、希望を失い、毒を飲んだ彼。
片腕を失い、未来を失い、絶望に生きた私。
「宇宙には、もう、手は届かないのかなぁ……」
思わず、空を見上げる。そうしないと涙が零れそうだから。
成績なんて、どうでも良かった。
ただただ、宇宙に行きたかった。だから〝彼女〟にも勝ちたかった。〝彼女〟よりも宇宙に近づきたかった。誰よりも、宇宙に行きたかった。
ふと、身体が宙に持ち上げられる。
「ぅわっ!」
子どもに父親がするような〝たかいたかい〟。彼が額に汗を浮かべながら私を持ち上げる。
「こ、怖い怖いっ! 危ないよ、降ろして!」
十秒足らずの時間が過ぎて、彼の目の前に降ろされる。と、同時に力いっぱい抱きしめられた。彼の荒い呼吸。熱い体温。速い鼓動。
――生きている。
「大丈夫だよ。だってほら、僕の〝宇宙船〟で行けば、どこだってそこは〝宇宙〟だから。これからも、一緒に生きていこう」
それは優しい言葉だった。胸に染み渡る言葉だった。
私が病室で出会った彼が言うような言葉ではない。でも、夢を純粋に追っていた本来の彼なら、照れながらも言いそうな気がした。
「うん。一緒にね」