男女平等地獄絵図
…そんな風にしてぼんやりと考えている間にヤマはくるくるすとんっと地面に降りたった。
さっきマコと私の前に現れた時もこうやって高速移動してきたからいきなり落ちて来たように見えたのかな。
ヤマは私をすとっと下ろし、斜め上に向かってぴしりと指をさした。
「見ろ椿。こいつが閻魔、つまりはお前の席だ。」
…っ
「…でっでっかぁ…」
長い長い階段のてっぺんに乗った巨大な椅子。
椅子といっても背もたれだけで2mくらいある純金?製だ。
少し薄汚れているがむしろそのおかげで風格が増している。これぞ閻魔って感じ。
階段一段一段の両脇には通路にあったのと同じような炎が今度は炬で並んでいる。
「…すっご…。」
めちゃめちゃかっこいい。
「だろう、だろう?やる気が上がるだろう?」
「…ん…。…でもさ、私引き受けるとは言ってないぞ?なんでかどんどん話が進んでっちゃってたけど。」
それを聞いたヤマはにやりと微笑んだ。元閻魔なのに悪魔みたいな顔で。
「それは無理だな!一度閻魔になったら反乱がない限り最低500兆年は仕事をこなさねばならないからな。」
…なっ…
ごっ…ごひゃ…?!
「まぁそうけったいな顔をするな。地獄の刑期がどれだけ長いと思ってる?…それに比べたら500兆年なんて小指のほんの爪の先ぐらいだ。はははは。」
ご、ひゃく…
「そそそそんなに長いの罰って…。」
「んー、まぁ等活地獄で短くて1兆年…かそれ以下くらいで、阿鼻地獄なんかはもうあまりにも永すぎてよくわからん感じだな。うん。」
おおお恐ろしいっ…!!!!!!!
私はへたりこんだ。
ばあさんになっちまう…。
「なんだ椿。最初にも軽く説明してあっただろう?」
きょとんと側にしゃがみこむ彼女をぎろりと睨む私。
「そんな一気に頭に入るわけないだろっ!私は一般人なんだからなっ。」
「なーに言ってんだか椿大王♪はははは」
あぁおもいっきり楽しんでるなこの女…。
ヤマはまたぴょこんっと立ち上がる。
「さぁ次は閻魔の部屋に向かおうではないか♪…おっとその前にお前を美しくみがかねばな。忘れてた。」
そしてぐいっと再び手を握り、彼女は走り出す。ドアに向かって。
「そんなっまっまて!!またあんなことされたら今度は死ぬっ…」
私は首を子供みたいにぶんぶんと振った。
ヤマは「もう死んでるではないか。」と真顔で返す。
「そういう問題じゃないだろっ!あんな速く走られたら追い付けなくて引きずられるんだからな!!」
また抱き上げて走ってくれればいいのに、楽だし。…と、一瞬考えたのがばれたのか、
「椿を抱えて走ってもいいんだがな。実のとこめんどくさい。」
と、ヤマは手をぷらぷら振った。
(こいつ本当に元閻魔なのか…。)
さっきからなんか適当すぎるぞ。
「うーむうーむ…。」
ヤマは悩ましげにぐるぐると回りだした。
なんだか気の毒になってくる。
(…しょうがないな。走るか。)
これでも生前?は体育会系女子だったんだからな。
…死んでんのに体力とか関係あるのかわかんないけど。
「…ヤマ、やっぱ私…」
「あ!」
「え?」
ヤマはぽんと手を打って大声で叫んだ。
「来い、羅刹。」
「お待たせ致した。」
「えぇ?!」
ヤマが言い終わるが速いか、いつのまにやら目の前には膝をついて座る美しい青年がいた。
銀っぽい髪にきりりとした瞳。…肌色は普通。
角は生えて…ない?
「すまんな。…早速だが今日からこの柳椿が閻魔になった。補佐は私だ。…ちなみに阿弥蛇はもう知ってるからな。」
羅刹はそれを聞いた瞬間に眉をぐっとあげた。
ヤンキーみたく半分しかない眉毛。
「なっ…?!…突然すぎませんか?気まぐれにも限度というものがっ…」
「まぁまぁ気にするな。椿がびっくりしてタラコのような顔になっている。」
「おいっタラコに顔はないだろっ」
ヤマはまぁまぁと今度は私をなだめる。
この女…。
「椿、こいつは羅刹天(らせつてん)。極楽の南西に司る十二天の一人だ。元は鬼だったんだけどな。まぁなんやかんやあって今じゃ上にいる。でもまだ私たちは仲良しなのだ。この前も二人で飲みに行って…そういえば昨日いい店を見つけたんだがな、」
「話をそらすな…」
「あ、すまんすまん。…まぁとにかく羅刹天は昔から足が速くて足疾鬼(そくしつき)とか呼ばれてたこともあったなぁ…。」
「昔の話でございます。」
羅刹天は頬を赤らめ首を振った。
クールな顔して照れ屋なようだ。
でも結局ヤマが何を言いたいのかわからない。
「…で?」
「怖っ怖いぞ椿っ。…いや、だから羅刹天にお前を連れてってもらおうと思ってな。私は私で忙しいのだ。」
…。
「えぇっ。そんな初対面でそんなことっ」
羅刹天も大きく何度も首を振る。
「そうです。だいたいわたくしはこの小娘が閻魔大王なる偉大なものに成る器がある様には到底思えませぬ。」
(なっ…)
…ひどい…。
その時ヤマの瞳がすうっと光った。
私と羅刹天は思わずぴたっと動きを止めた。
「そうか…。ならば仕方ない。韋駄天を代わりに呼ぼうとするかな。」
…それを聞いた瞬間羅刹天は真っ青になった。
唇をぎゅっと噛みしめる。
(いだてん…?韋駄天走りの韋駄天?…あれも神様の名前だったのか?それとも鬼かな?)
とりあえずみた限り彼がその韋駄天とかいうやつを苦手にしていそうなのはわかる。
…羅刹天は肩を小刻に震わせ口を開いた。
「その願い、承りましょう。」
えーーーー!!!
「ちょっちょっとあなた…」
羅刹天は肩を落とし溜め息をついている。
ヤマはふっふんと鼻をならしていた。
「これで駄目なら増長天も呼ぼうと思っていたがな。よかった素直で♪」
羅刹天はこれを聞くと涙を飛ばしながら、
「どれだけ職権乱用するつもりですか!」
と叫んでいた。
取り残された私は、とりあえずヤマがなんかせこいことをしたんだな、と自分で自分を納得させるしかなかった。