男女平等地獄絵図
あの頃の、まま。
椿はちょこんと座っていた。
僕は呆然と口を開ける。
「…つ…?」
「やぁ奏!」
にかっと椿は僕に向かって快活に笑いかけた。
高校の制服を着ている。
やっぱりこれは妄想なのか。
そこまで僕は追い詰められていたのか。
…それでもいいやと思えてしまう。
「なんだ奏ちょっと見ない間におっさんになったな?私はこのとおり未だピチピチだぞ。」
「…ガキじゃん。」
「なにっ?!こっこれでも立派に地獄で閻魔大王やってるんだからな!」
「…」
椿の幻影がわけのわからないことを言って必死で弁解している。
昔っからわけのわからないことを言うやつだったが死んでる間にさらにみがきがかかったようだ。
「…馬鹿?」
「馬鹿じゃない!…まぁ馬鹿だけどさ。」
椿は口を尖らせた。
僕はわけもなく笑ってしまう。
嬉しくてたまらない。
なのに…。
「…奏」
あの残像が
「…ん?」
一人、バス停に佇む彼女の残像が…
僕を責める。
「実は紹介したい人がいるのデス。」
「は?」
椿の横から誰かがにゅっと頭を出した。
それまでその存在にまったく気が付かなかった。
「マイスウィートダーリン、ヤマ君だぞっ」
「どうも。」
あまりに想定外なことで言葉もでない。
…顔をだしたのは男だった。
恐ろしく背のたかい、…そして恐ろしく美しい。
「…」
「地獄で出会ったんだ!かっこいいだろー?おまけに強くて優しくてすごいんだぞ。」
「ありがと椿。でもそんなに大袈裟に褒めないでよ。照れるじゃないか。ほら、弟さんも困ってるよ。」
男ははにかむ。
…爽やかな短い髪に低く響くよい声。
男はグレーのスーツを着ていた。紺色のネクタイをしめている。
…まるで、恋人の父親に結婚の挨拶に来たかのようだった。
「…よくひっかけたな。」
「なんだとっ」
「いえ、僕が椿さんにべた惚れなんです。」
にこっと男は人間離れした美しさで微笑む。(いや、実際人間ではなく死人なのかもしれない。…なんたって椿は死んでいる。)
椿は…
真っ赤になっていた。
僕は笑った。
ほんとに笑った。
心から。
それを見て怒った椿も、あんまりの僕の笑いようにとうとう怪訝な顔になった。
「どうしたんだ奏?」
「…実は俺も紹介したい人がいるんだ。」
椿は目を見開く。
そして笑顔になる。
眩しい、あの笑顔。
「ただ椿と違ってまだひっかけ途中だからさ。ちょっと今からバス降りる。」
「え?」
「ちょっくら捕まえに行ってくるよ。じゃあな。」
「…っあぁ!頑張れよっ」
「おう。…椿も彼氏に逃げられんなよ。」
バスが止まった。
僕は小銭を入れかけ降りる。
後ろで椿がギャーギャーとわめいている。
でも僕は振り向かない。
その代わり、花田さんにキスをしに行くべくタクシーに向かって手をあげた。
…多分「ヤマ君」はいいやつだ。
ワインレッドのネクタイをしめていなかったし。