男女平等地獄絵図
その声は響き始めた時と同様、突然に鳴り止んだ。
私は何故かホッとしてしまう。
そしてその声が鳴り止んだのと同時に、目の前に立つ猫みたいな男はにかっと笑いながら口を開いた。
それから奴は歌うみたいに話出した。
後ろに従える何人もの鬼たちは、男とは逆にむしろ神妙な顔をしている。
「…それでは今から新閻魔様には過去との完全なる決別をして頂きまーす。その為にはこの鏡をご覧になっていただかなければいけません。」
男はそこで一旦台詞を切ると、周囲の様子を確かめた。
そして皆が皆彼と彼の腕に抱かれている鏡を見ているのを確認すると、満足した顔をして話を再開した。
「…この鏡は、地獄・極楽双方の皆さまがご存知のとおり莫大な霊力が封じ込められています。ようするにこの鏡の力を制御するとうことで閻魔大王としての力が認められるのデス。過去の閻魔…っても一人しかいないけど…は、阿呆なふりしてその絶大な力を見せてくれたことで有名ですね。さぁ、新閻魔様はどのようなご活躍を見せてくれるのでしょうか。…そいでは面倒くさい話は此処等で止めて、さっそくいきましょう♪お手並み拝見!…いや失礼。」
男は言い終わるとコホンとわざとらしく咳払いをし、今度はにかっと私に笑いかけた。
とりあえず引きつった笑みを返しておこう。
あぁ、何だかよくわかんないけど鏡を見なきゃいけないらしい。
皆の視線がちくちくと痛い。
(ひっ人・人・人…)
私は繋いだ掌の代わりに脳内で字を書いてごくんと飲み込んだ。
やっぱり掌じゃないと効果ないみたいだな。ちっとも緊張はほぐれない。
(…鏡…)
一体何が見えるんだろう?
…まさか死顔とか…?
(…)
絶対嫌だ!
「…いっておいで。」
もんもんと尻込みしていると、ヤマがとんと背中を押した。
私は思わずつまずく。
まっまだ心の準備が…!
「うわっ」
私が鏡にぶつかったと同時にブワンッと変な音がなって鏡がぐーーんっと広がった。
どんどんどんどんでかくなる。
「うわわわっ」
(なんだこれ?!)
しかも気付くと私以外誰もいない。
鏡は大きくなり続け、次第にぐにゃりとカーブを描いて今度は下へ下へと伸びてきた。
私が呆然と立ち尽くしている間に、鏡はすっかり私を取り囲んでしまったようだ。
またしてもなんだかよくわからないけど、どうやら私だけ卵型になった鏡の入れものみたいのに閉じ込められちまったみたいだ。
その証拠に自分の顔が変な風にゆらゆら歪んでいる。
(…気持悪っ)
げんなりと曲線を描く鏡を見ていると、私は少し変なことに気が付いた。
(…ん?)
あれ、ここ私しかいないよ、な…
ゆらゆら揺れる潰れた私の奥の方に、一瞬人影が見えた気がしたのだ。
…でも気のせいか?
後ろを振り向き確認する。鏡以外誰もいない。
「…」
いや、…でもやっぱり…
「…あっ…」
豆粒ほどの人影は、だんだん近付いてきた。
そして次第にその姿ははっきりとしていき、いつのまにか鏡に写る潰れた私は消えていた。
…ゆらゆらと揺れながらかたどられた風景は、私が愛してやまないあの町だった。
そして、そこを歩く人影は…
「奏…」
すっかり青年となった、我最愛の義弟だった。