時をかけた跡に残るモノ
宿舎等に着き、昇降口でスリッパに履き替え案内板にある地図を見る。風呂場は一階の奥にあるようだ。
管理人室に軽く挨拶し、風呂場を目指す。途中、いくつかの部屋があり、更に奥に風呂場があった。
風呂場に着き、脱衣所を見ると一人分の荷物がある。おそらく目的の人物の衣類だろう。僕は入浴する為に来た訳ではないので、スリッパと靴下を脱ぎ、私服のまま入り込むことにした。
「お、来たねぇ。そろそろだとは思ったよ。さて、何から話そうか。」
浴槽に入り込みながら僕が来ることを知っていたような口調で話す。この人はずっとお湯に浸かっているのだろうか。
「あ、僕は…」
自己紹介をしようとした所で、言葉を遮られた。
「ああ、いいよ。わかってる。君の名前も、誰に言われてきたのかもわかってる。なんて言われてきたのかもね。」
先生がアポを取っておいてくれたのかもしれない。しかし、「何でも知っているよ」と言わんばかりの話し方だ。
「まず先に言っておかなきゃいけない事は、ぼくが今から言うことを信じるか信じないかは君次第。君次第なんだけど、全てはぼくが見た真実。出来事。その他もろもろ。だからぼくはそれ以上のことは言えないし、言わない。まあ、それ以上のことなんてないけどね。ぼくが言える最大限のことは全ての最大限だから。言わないことってのは、ぼくの気分次第な時もあるし、言わないほうが良いって判断したときかな。わかってもらえたかな?」
いきなり話が始まったと思ったら訳の分からないことを言っている。ちょっと頭が混乱してきたぞ。言える言えないがなんだって?
「ちょっと整理したいので待って下さい。」
この人は未来が見える訳で、未来の出来事を話すけどそれ以上の事は言えない。それと状況を見て言わないこともあるって事か。そして、信じるかどうかは自分次第。よくある都市伝説みたいなものか。
「信じるかどうかは自分次第ってことですよね。」
「そう、付け足すと。信じるか信じないかは君次第。でも言ったことはぼくが見た事実。言うことについてはぼくが取捨選択するよってところ。」
ああ、なるほど。この人は絶対的な未来が見えるって事で言った事実は揺るぎのない事実なんだけど、最終的な判断は自分に任せる、って言うことか。
「はい。大丈夫です。」
「それじゃ、簡単にいこうか。さて、何から話そう。」
うーんとしばらく考える振りをして、話し始める。
「それじゃまず君の事。今はまだ未熟だけど暴走すると怖いね。周りが見えてない。その時は大抵君の友達が抑えてくれるよ。運がいいね。まあすぐに死んじゃうことはないから大丈夫かな。痛い目は見るけどね。ああそれと猫好きで良かったね。面倒な猫を飼うことになるよ。飼うなんて言うと失礼なのかな。あとは友達を大切にね。」
ちょっと早い口調で言う。でもこれって単なる占いのような気がするけど。
「こんなところかな。かなり大雑把に見た感じ。次は君に関わる周辺のことを見ようか。」
口を挟む暇もないほど話していく。僕の周辺の事。どのレベルでの周辺だろう。と、僕が思うよりも思うよりも先に話し始める。
「ふんふん、もう一人の男のこの方は案外頼りになるね。んー、あー、他の人よりもこの子かな。黒髪の子。髪が長くてクールな子。この子君たちよりも先に死んじゃう。死んじゃうーってのもちょっと違うかな。肉体が損傷して魂だけ残る。みたいな?ぼくのボキャブラリーでは説明しにくいね。この子も以前ここに来て見てあげたけど。短命ってことだけ伝えてある。時期は言っていない。君にも言わない。原因もね。」
ふうっとため息をついてお湯の中に沈んで、浮く。少し疲れた風で湯船にもたれてリラックスしたようにしている。
「大事な所はこんなところかな。未来を見るのは簡単なんだけど。それを説明するのは面倒なんだ。」
「どうしてこの風呂場にいつもいるんです?」
この人を初めて目にした人なら一番に聞きたくなることを聞いた。ただの風呂好きでも年中ここにいることはないだろう。何か理由があるはずだ。
「ここにいる理由は、そうだね。お風呂って入ってるといろいろ考えが浮かぶしね。何より、自分の未来というか。現在過去未来という一連の流れに嫌になって流れ着いたのがここだったのかな。気持ちいいしね。」
風呂好き以外の理由があったようだ。
「今の話を聞いてると、そこらの占いと変わらないような気がしてならないんですが。」
「んー、そうだね。大雑把に話してるし、流れの全てを当人に教えるのはフェアじゃない気がする。って言うのはぼくの昔の考え方かな。今は、未来なんて知らないほうが活発的になれる。と思ってるから。ぼくみたいな人を増やさないためにも、部分部分を出して、いつかはわからないけどこんなことがあるよ。と、教えてるのさ。なるべく占いをしているように話すようにしている。まあ、それも意味のないことだけど。」
ちょっと意味が飲み込めない。未来を知っているほうが物事の対処がし易いのではなかろうか。
この人は自分が有利になる能力を持ちながらそれを放棄しているように見える。未来が見えるのならそれを利用して悪事を働いたり、情報を売ったりできるだろうに。それ以前に何かに絶望しているかのように見えてしまう。
「君は現在過去未来の概念について考えたことはあるかい?ぼくがどうしてここに流れ着いたかも理解し難いと思う。それとぼくの能力を有効活用すればいいのにと思ってるかもしれない。たまに言ってくる人もいるしね。でもぼくは全てについて嫌気が差しちゃったんだ。今よりは未来が見えなかった昔は良かったなと思うよ。今は時間の流れが映像のように見えているけど、昔は違ったんだ。まるで静止画のようにピンポイントでしか見れなかった。静止画で見た未来には希望があったよ。静止画の向こう側はどうなるのか、次のコマはいったいどうなっているのか。一寸先は闇と言うけれども、人の努力次第でいい方向に向かうかもしれない。そう思っていたんだ。」
それは僕が思っていることと同じだ。この言い方だと何かが違うのだろうか。
作品名:時をかけた跡に残るモノ 作家名:谷口@からあげ