ちょっとした出会いから
1話
ここはお気に入りのレストラン。多分レストランというのだろう。特に5月は、新鮮でみずみずしい野菜が好きなだけ食べられる。
時々伝言をチェックして、僕からも伝言を残しておく。たまにごちそうを見つけてこっそりと口に入れる。自由にあちこち移動ができないけれど、素知らぬ顔で有らぬ方を向いていると、しばらく好きにできる。
あっ、そんなに引っ張るな・・・
ここはお気に入りの散歩コース。1周約340メートルの柵の中は8面のテニスコートがある。そのまわりには、アジサイ・くちなし・つつじなどが植えられていて、その外が土の道である。
外周にも桜を中心にいろいろな木が植えられていたが、手入れがなされないまま雑草が伸び放題だった。ボランティアの努力で、密集した植木は除かれ、花が至る所に植えられるようになってから、2年ぐらいになろうか。
4月には、八重桜やしだれ桜が見事な景観を作り出していた。それでも草が伸び放題のところが、たくさん残っているのだ。
名前は知らないが、花々に目を奪われながらも、雑草の中に入って行こうとする小太郎を必死で押さえておかなければならない。30キログラムを超えている小太郎は、ゴールデン・レトリバーという犬種で、人懐こく、人の姿を見れば近づいて行って、挨拶をしなければ気が済まないらしい。
犬が恐いという人も結構いるのでリードがはずれないように、手に巻きつけて引っ張るようにして持っている。
雑草の先っぽをむさぼり食っているが,時々落ちているティッシュペーパーを見つけてはむしゃむしゃと口を動かしている。無理に口をこじ開けてそれを取り出したりもするのだが、舌の横側に隠したり舌を上にあげて見えなくして抵抗するので、もう疲れた。少しぐらいかまへんやろ、と見なかったことにしている。
やれやれ、またあのおっさんがやって来た。テニスコートの周囲は格好の散歩コースであり、犬を連れていない人たちもよく散歩している。だいたい今頃、午後4時頃によく出くわすおっさんだ。手を大きく左右に振り、腰を落として、前かがみの大股で歩いてくる。60歳代であろうか、小柄な、下駄に目鼻を付けてメガネをちょこっと乗せたような顔が、服の上からのぞいている。ここを毎日何周か歩いているらしい。
道の角まで来ると、定規をあてたかのように向きを変え、花壇の縁石ぞいにきっちりと歩いている。小太郎は夢中になって草を食んでいる。 よける間もなく、下駄顔はジロッと睨みつけて、すっと横を通り過ぎた。
夏の強い日差しの下では、なるべく日陰を選んで散歩している。きょうは、女子高校の建物が太陽をさえぎり、植え込みが続いているところを、けだるくゆっくりと歩いていた。
例のごとく、小太郎は木の根元や草の間に鼻を押し当てては香気をかぎ、メッセージを受け取っている。暑いし、さっさと済ませて帰ろうや、と引っ張ってもドンとして動かない。
あっ、下駄顔が近づいてくる。
縁石にそって大股で手を大きく振って・・・私たちの前で立ち止まり、ジロッと睨みつけてきた。小太郎と共に動くよりも先に、肩を触れあわんばかりに横をすり抜けて行ってしまった。
作品名:ちょっとした出会いから 作家名:健忘真実