君と僕とあの夏の日と
そして学校から遠ざかるにつれ聞こえなくなった部活動の音は、驚くくらい自分の心のざわつきを無くしていく。
うだるような暑さで相変わらず怪我をした右目はじくじくと痛んでいたが、そんな痛みはこれっぽっちも気にはならなかった。
「理桜なら大丈夫」
ユマは言った。
昔からそうだったじゃないか、と彼は続ける。
目線は窓の外の光る海に留めながら、でも彼は微笑んでいるんだろうなと思う。
それは幼い頃からの、ユマの魔法で。
それを言われたらどんなに無理だと思えることも最終的には乗り越えられてしまう魔法の言葉。
聞けば不思議と不安と後悔で一杯の気持ちをうまく封じ込めてしまうことが出来る気がする。
そうして心に広がるのは少しの希望的観測と安心感。
ああ、そういえばこんな魔法があるんだったっけ、と理桜はぼんやり思う。
「そう、かも」
思わず呟いた自分に、さっきまであんなに落ち込んでたの誰だよ、とまた隣で彼が笑ったであろう気配を感じる。
ふ、とつられて自分も口元が緩んだ。
「やっと笑ったな」
え?と振り向けばユマは少し眉を下げてあのお兄ちゃん気質な微笑みを浮かべている。
この昔からの上から目線は決して嫌な気持ちはしないのだが、
何だか自分の事を自分よりもちゃんと見ているような気がして、その顔を見たまま何も言えなくなってしまう。
「お前は笑ってる方がいいよ」
そう言ってユマは理桜の方に手を伸ばすと、右目を覆う包帯にそっと触れた。
布越しに感じる自分とは別の温もり、くすぐったいようなやわらかな緊張が身体に走る、
彼はそのまま右瞼の上で親指を止めると、痛むのか、と聞いてきた。
「麻酔切れちゃったけど、こんなの大丈夫」
言って左目を細めて笑えば、そっか理桜だもんな、と言いながら彼も笑った。
離れていく彼の手に名残惜しさを感じるかのように、左目と一緒に細めてしまった右目にずきん、と痛みが走った。
「ねぇ、次の駅で降りよう?」
理桜は言った。
本当なら、理桜達が降りるのはもう1つ先の駅だった。
けれど次の駅には、昔よく一緒に遊んだ公園がある。
普段通りに降りて少し歩いてもよかったのだが、
なんだか高校生になって初めて持った定期の恩恵を受けてみたい気持ちの方が大きくて、思わず口にしてしまった。
作品名:君と僕とあの夏の日と 作家名:テトラ