君と僕とあの夏の日と
せめて夏の本戦が終わってから怪我してくれよ、と一騎は心底自分の運の悪さを呪っていた。
「・・・理桜?」
突如聞こえた声に驚いて一騎はその声のした方へ顔を向ける。
「ユマ」
すると、何やら書類を沢山抱えたユマが廊下からこちらを伺っていた。
「お前、怪我・・・したのか?」
ユマは律儀に左右を確認すると、そっと教室内に入ってくる。
うん、ちょっとね、と理桜は浮かない顔で答えるとユマが座れるように隣の椅子を引いた。
「部活、見学しなくてもいいのか?」
書類を綺麗に机の上に整理し終えたユマが尋ねてくる。
理桜はもう一度右目の包帯にそっと触ると深く溜息を吐いた。
「今日は、無理かも。気分的に」
告げた声が余りにも弱々しくて理桜は慌てて隣を見ると、ユマは少し顔をしかめて、でもすぐに笑う。
「じゃあ、一緒に帰らないか?」
「え?」
だって、お前今日は何もないんだろ?と言われる。
悔しいけど、勝手に落ち込んでるだけで特に用事が何もなかったのは事実なので、いいよ、とだけ答えた。
「じゃあ、10分後に校門前で」
ユマはそう言うと、机の書類を持ちやすいように積み上げ始める。
なんだか一人では心許なさそうだったので、無言で近くにあった書類を邪魔にならないように一緒に積んだ。
「一緒に帰るのなんて、いつぶりだろうな」
椅子から立ち上がりかけたユマはそう言ってふんわり笑う。
そういえば高校に入学してからは帰るどころか顔すらろくに合わせたことが無かったかもしれない。
ユマは理桜の唯一の幼なじみだった。
幼少の頃は毎日遊び、小中学校も同じクラスだったが、高校に入って初めて違うクラスになった。
別に取り立てて仲が悪くなった訳でもなかったのだが、入学式から夏前までバタバタと新入生として
学校に馴染もうと必死になっていた余り、違うクラスで部活にも入っていない彼とは会う機会が殆ど無くなっていた。
「3週間、暇なんだ」
気がついたらなぜか期限付きで変なことを口走っていた。
発してから数秒経ってふと気付く。
また訳わかんないこと言っちゃったかな、と理桜がおそるおそるユマを見ると、
「じゃあ、付き合うよ」
と彼は微笑んだ。
なんだかその笑顔は昔から変わらないお兄ちゃん気質のそれで、
何となく乾いていた心に水が染み渡っていくような感覚がする。
作品名:君と僕とあの夏の日と 作家名:テトラ