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like a LOVE song

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 来ている面子は図書室に張り付いて動かないいつもの面々だ。倖雄をはじめとして、今年二年生になるだろう眼鏡の女子や、いつも学生服に乱れというものがない勤勉そうな男子生徒、ノートにひたすらに文章を書き殴っては、ときどきふらりと本棚に立って資料を探して読み、また書き出す現役高校生のライトノベル作家あたりは、春休みだというのに三月の知る限り欠かさず訪れているようだ。村営の図書館よりは確かに質も量もある。けれど彼らを惹き付けるのは、どちらかといえば、近代的なデザインになった図書館の建造物的な魅力ではないかと思う。
 書棚は森のように生い茂り、高いところには大きな脚立を使わないと届かない。手だけでなく、視線もその例に漏れない。そのため、そこはロッカーや伝書板代わりのように使われていることが多々ある。本棚の数も多いので、何列何番、というようなことを伝えて仲間内で堂々とは交換しづらいものを行き来させたりしているのだそうだ。たまに撤去作業を手伝わされるが、どうして男性というのはあんなものに興味があるのだろう。
「日下部さん」
「遠野くん、どうしたの」
 ぼう、と物思いに耽っていた三月に、倖雄が不意に声をかけた。三月には考え事を始めると周りが見えなくなるという悪癖があった。見ると、カウンターには本が置かれていた。「七つ目草」。彼女も読んだが、少々語りがくどかった。
 三月は貸し出し処理を行いながら訊ねた。
「その本、好きなの」
 そうでもないけど、と倖雄は言った。
「なんというか、気になったんだよ。たまに本に呼ばれるみたいな気がすることがあって、そういうときはその本に悩み事の答えが書いてあったりすることも多いんだよ」
「ふうん、私はあまり経験ないなあ」
 機械化された行程を終えて、その本を倖雄に差し出した。ありがとう、と言うと彼は図書館から出て行った。悩み事の答えを求めているというのは、やはり愛との確執についてのことなのだろうか。
 そういえば、もう少ししたら閉館時間という頃だ。図書館を見渡すと、ライトノベル作家の二年生しか見当たらなかった。森のように乱立する書棚に隠れていてはわからないが。
 と、その二年生は先ほどまで倖雄が座っていたあたりを見て、その後きょろきょろとあたりを見渡したか、と思うとそそくさと退館していった。
「あんな時期、あったなあ」
 中学生時代、愛と初めて話した時のことを思い出した。一人でいるところを狙って、確か少し前の時間の教師の痴態を嘲笑する話題だった。
「どんな時期だよ」
「あれ、愛。来てたの」
 また思いに耽っていて、その登場に気づかなかった彼女がそう言うと、彼はため息を吐いた。
「迎えに来いっていうから来たのに。もう帰るぞ」
「あ、待ってよ。もうちょっとしたら閉館だから」
「俺、この建物嫌いなんだよ。本もだけど、人が埃臭い」
 愛はため息を吐いて、カウンターに体重をかけた。三月はそんな彼をほほえましく思いながら、書棚の森へ残った人がいないかを探しに出かけた。

 春休みが明けると、俄かに時間は動き出す。止まっていた時間も、ゆっくりになっていた時間も等しく加速していく。新しい出会いに期待があろうともなかろうとも。
 それが開いていく愛と倖雄の溝をより深くした。一方的だった愛の拒絶が、その温度に触れている倖雄の手にも伝わったらしく、彼のほうからも彼を拒絶し始めた。同極の磁石のように、彼らは退け合った。関わろうともしなくなった。
 三月は心苦しかった。友人と恋人の違いこそあれ、彼女にとっては二人とも大切な仲間に違いなかった。二人とも拒絶してこそいるが、嫌っているわけではないのが彼女の目からはちゃんと理解できた。それゆえに二人とも心を痛め、傷ついていた。
 彼女はできる限り尽力した。あと彼女に出来ることと言えば、その溝に参っている愛のフォローに回ることと、ちぎれた三人の輪を繋ぐ奇跡を祈るくらいで、その無力さは彼女をも深く苛んだ。
 この関係を呼んだのは偏に愛の拒絶だったが、この関係によって一番傷ついているのも彼だったが、彼がどういう意図の下にそうして倖雄を拒絶したのかは未だ闇の中だった。
 始業式から帰り、三月はリビングのソファに体重を預けた。伸びをして、制服を着替えるのを先に送りつつくつろぐ。テレビの電源を入れようとすぐ前にあるテーブルからリモコンを拾い上げようとすると、その横に懐かしいパッケージの置かれているのが見えた。
「お母さん、これどうしたの」
「ああ、それ。福引で当たったんだけど、遊ぶ」
 カップラーメンとかなら使えるのにねえ、と愚痴を漏らす母を適当にあしらい、それを手に取った。ピンクと緑の意匠が鮮やかなシャボン玉セットだ。
「じゃあ、久しぶりにやってみますか」
 彼女は先ほどまでの怠惰を見失い、制服を手早く着替えて外に出た。ピンクのボトルに緑の筒の先を浸し、膜が出来たのを確認すると息を吹き込む。
 プリズムめいた泡どもが群をなして風に運ばれていった。あれらはどこまでいくのだろう、とじっとその先を見ようとしたが、すぐに見失ってしまう。もう一度、と彼女は泡を、今度は丁寧に大きく育てて放流する。一つだけ生まれた大きな泡が、ゆっくり漂ってからいつか割れて消えた。
 子どもの頃は愉快に思ったものだったが、高校生になってみると、それが呼ぶのはむしろ哀愁の近縁種だった。
 悩みはふくらみ、弾け、そして尽きることなく生まれ来る。
 彼女はいずれ愛たちの悩みが終わってしまうのを思った。ただ、それが破裂なのか、萎縮なのか、彼女には判断がつかなかった。彼女の悩みはいつか萎んでしまう形でなくなることが多かったが、男性はそうではないのかもしれない。

 倖雄は、また朝から図書室に篭って本を読んでいた。この図書室はホームルームの始まる時間の一時間前には開き、休み時間は常に開放されている。放課後も完全下校までは開いている。自習室を兼ねているので放課後遅いのはわかるが、開くのが早いのはどういうことか、彼には度しかねた。けれど、決めるときにそう決まったから、くらいの理由くらいしかないのかもしれない。
「いつも朝早いですねえ、そんなに本好きなんですか」
 急に声をかけられて、倖雄は目の前に座っていた女生徒の顔を驚いて見つめた。少し声が震えていたように思うのは、四月頭なのにまだ寒気がどこへも行かないからか。
「えっと、鳴海さんだっけ」
 そんな倖雄の顔を見つめて、彼女は上品な笑みを浮かべた。
「はい、鳴海明里って言います。知ってくれてるんですね」
 知らないってことはないでしょ、と倖雄は言った。鳴海明里は高校生でありながらライトノベル作家として充分の名声を手に入れたとして、校内でもそれなりに有名な人間だった。賞をとったのこそ高校入学後だが、それを書き上げたので言えば中学校の頃だという。この図書室の新聞にもボランティアでコラムを掲載しているので、彼もその存在を知っていた。
「とは言っても、読んだことはないんだけど。あんまりライトノベルは読まないから」
「そうなんですか。けど結構いいものですよ。純文学では出来ないことが出来ます」
作品名:like a LOVE song 作家名:能美三紀