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like a LOVE song

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 その問題とは一体なんだというのだろう。彼女には見当もつかなかった。
 正行は三月を様子を見て、あえて何かを口に出すことはしなかった。息子の問題ではあるが、それ以上に夫婦の問題だ。それは二人で片付けていかないといけない。
 藍子と彼の間にも、いくつもの問題があった。彼らはそれらをその度に片付けて、置き場所を作って、折り合いをつけて暮らしてきた。ここまでは勢いだけで走ってこれた三月と愛は、一旦振り返って理性的に二人の関係を見直すところまで来ている。
 けれど、正行は心配には思っていなかった。
 愛は誠実だったし、三月は気丈だった。静美も希もいい子達だ。彼らが乗り越えられない問題など、どこにあるだろう。時間をかければ、彼ら四人はどんな問題にも答えを打ち出していけるはずだ。
 相談されれば応えるつもりではいたが、彼から口出しするつもりはまったくない。愛も、また三月も、もう充分に大人になっていた。
 ただ少し気にかかるのは、それが直接ではなく間接的に伝えられたことだ。家にかけて出なければ店にかければよかっただろうし、正行も携帯電話は持っている。少し不吉な予感が彼を掠めた。

 彼は平凡な板の扉を開いてその部屋に足を踏み入れた。
 何度も訪れたことのある倖雄の部屋だが、不意に息を殺してしまう。許可なしにそこに入室するのは当然初めてだ。彼は強盗としてその部屋に侵入したことはない。
 目に入る景色は、懐かしいまま、あの頃のまま、変わっていることはなかった。高校を出てすぐ彼は東京へ行ってしまったし、彼の両親はその部屋をいままで放置していたそうだ。少しの埃こそ積もってはいても、生活観が失われていても、基本的な風景は変わることがない。
 懐古に浸りながら、置かれているものたちに宿る、二人の思い出を蘇らせる。
 いつか遠くまで旅行に行こう、と始めた貯金箱は、もうなくなってしまっている。彼がメールで語ったことによると、東京で暮らすために宛てられたそうだ。我慢できず割ってしまった彼は思いがけず言い訳の必要がなくなってほっとしたのだったが、そのことは倖雄は知らない。
 彼が以前借りたファンタジー小説も、そのままの姿で本棚に納められている。部数で言えば五部構成と割と平均的だが、巻数で言えばそれは九巻分という途方もない分量になった。彼も、第二部の下巻で投げ出してしまった。垢や指紋もほとんどつく前に返されて、綺麗なまま十年の時をこの本棚で過ごしてきたのだ。
 一つ一つの品物について、ああだった、こうだった、という記憶の奔流に押し流されながら、部屋が間違いなく彼のものかどうか見定めていた愛は、その視界の端で突然ベッドが膨らむのを見た。
 彼は驚いたが、行動には現れず、まるで普段からそうした侵入に慣れでもしているように落ち着いて、そのベッドに近づいた。
 そこには、十年前と変わらない姿の倖雄が寝間着で横たわっていた。
 愛は今度は驚愕もせず、静かに、ゆっくりとした動作で彼の口元に耳を近づけた。息はされていない。死んでいるのだから当然だ、と愛は自分の思考をせせら笑った。額に手を置くと、死の温度が皮膚を通じて伝わってくるのがわかった。
 涙のようなものが流れるのを頬に感じて、彼は体を起こして少しベッドから距離をとり、彼は長袖のワイシャツを着ていたはずの右腕でそれを拭った。
 だが、右腕には何も纏われてはいない。それどころか、彼は一糸纏わぬ姿だった。意識するまで、彼は自分が全裸であることに気づきもしなかった。そして同じく、先ほどまで寝間着をしていたはずの倖雄もまた裸でいることに気づく。布団をめくってみると、その下はもう何も布と呼べるものはなかった。彼が高校時代鍛えていた体が、小麦色のそれが、そして、力なく垂れ下がる性器が、すべて世界に晒しだされているのだった。
 愛は息を呑んだ。その美しさ、その愛しさ、その儚さが、彼をどうしようもないほど興奮させ、性欲を駆り立てた。倖雄の裸体を見ているだけで、彼のペニスは、痛いほど張りつめ硬くなった。
 愛の涙を拭った右腕が、その皮膚に手を伸ばす。そうすると、もとその腕があった場所に右腕が残されたまま、彼の手が倖雄に触れる。愛はようやく体が自分の自由にならず縛られていることに気づいた。動いていたはずの体は愛を脱ぎ捨てて、成虫への変態を行うように、まず右腕、そして左腕、両足、胴体、頭、そしてペニスまで、彼のすべてを奪って、殻としての愛をそこに残したまま、倖雄に覆いかぶさった。
 愛は、ベッドから少し離れた位置からそれを見ている。脱皮して、けれど小さくなった彼の分身は、恐らく十年ほど前、目の前に横たわる倖雄の死体と同じほどの年齢まで巻き戻っている。
 彼は、ちらりと愛のほうに視線をやると、
「そこで見ていろよ、愛。恋がどれだけ楽しいか」
 と宣言し、そして倖雄の胸板に舌を這わせ始めた。死んでいるというのに腐ってもいない彼の死体は、少し汗の匂いがしていた。愛には自由がなかったが、そうして恋が感じている五感への情報は共有されているらしかった。彼の鼓動も、彼の温度も、彼の匂いも、彼の味も、彼自身も恋という器官を通して伝えられてきた。死者にも鼓動があることを愛は初めて知った。
 彼がその感覚に戸惑っているうちに、恋は少しずつ倖雄の体を舐め、感覚を高めていく。乳首、腕、首、耳。そして、彼の力強く結ばれた唇の結び目を割って、彼の舌は口腔の中まで舐め尽くし、丁寧に愛撫した。いや、そこに愛はいない。そこにいるのは恋だ。それは恋ゆえの、恋撫とでも呼ぶべきものだろう。
 愛はその味を感じながら、その凶行をどうにかして止めなければならないと思考を巡らせた。どうにかして肉体の主導権を取り返して、自身がその行動を行わなければいけないと決意した。しかし、どうやって。彼の体の自由はもうない。空蝉となった彼が出来ることは精精誰かが彼を拾い上げて、丁寧に扱ってくれることを祈る程度のことでしかなかった。
 愛は歯軋りした。実際には出来ていないが、それでもしようとした。
 恋があざ笑うのがわかった。
 口腔内を蹂躙し尽くすと、彼の舌は下半身を目指す。いつからだろう、知らない間に垂れ下がっていた倖雄の性器も力を持ち、硬度を得て、直立していた。
 恋は腰を浮かせて自分のペニスに手を這わせながら、倖雄のそれに舌を這わせる。そこからは上手くはできない。これまで三月しか相手にしてこなかった愛の経験は、前戯までしか応用できない。
 けれど、倖雄のそれは徐々に硬く張りつめて行き、冷たく白熱する。その生の象徴が、死の温度で強く大きくなっていく。
 愛は涙さえ流すようにして、けれど、憎しみも消したわけではなく、恋を睥睨しようとしていた。もちろん実際にはただ立って二人の情事を見つめていただけだ。
 そして倖雄は、突然に絶頂を迎える。精液が恋の口の中に吐き出される。同時に、恋も強く、激しく射精をする。
 愛の意識が遠くなる。抜け殻が薄くなって、見つめていた景色も消えていく。
 最後にもう一度、倖雄の部屋の思い出を振り返りたかった。彼はそれだけを悔やんだ。
作品名:like a LOVE song 作家名:能美三紀