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like a LOVE song

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「でも、そういうの、繰り返したらすごいことになると思わない。それが善意だけで続いていけばさ、幸せが永久機関になるでしょ。いつまでも動く機械は無理だけど、いつまでも温かい気持ちを続けることは出来るとおもうな」
 そういうと、愛はまた黒いアスファルトの道路を見つめながら歩き出した。また言葉を探しているのだ、と倖雄は思いながら、その結果を待った。
 けれどそのまま、愛は黙り込んでしまった。倖雄は悪いことをしたのかと自責しながら、この気まずい空気をどう立て直すかを考えていた。
 彼はどちらかといえば人付き合いが苦手だ。こういうちょっとした場面で、不意に言葉を失ってしまう。だから、愛がそのまま黙り込まず、俄かに口を開いてくれたのを、どれだけ救いに思ったかわからない。
「なあ、倖雄」
「何かな」
 すこし言葉に詰まりながら言う。見つめる彼の目は真剣以外の何者でもない。怒られるのだろうか、と倖雄は身構えた。
「お前、すげえな」
「え」
 彼が想像しなかった言葉が愛の口から漏れ出て、倖雄はつい素っ頓狂な声を上げてしまった。愛はまた目を丸くすると、その目をゆっくりと緩ませて吹き出した。
「なんだよ、変な声だしてさ」
「あ、いや。ごめん。まさかそんな風に言われるとは思ってなかったから」
 それを聞くと愛はまた笑顔を真剣な表情に変えて言った。
「だって、そんな風な人間が増えれば、幸せの絶対量も増えるんじゃないか。幸せなら働けもするし、生きれもするだろ。それってすごいことだろ、違うか」
 面食らったまま固まっていた思考が動き出して、倖雄はそれに同意した。二人して、二円ってすげえな、すげえよ、と繰り返して帰途を笑いあった。
「なあ、俺お前のこと尊敬するよ」
 愛はまた、笑顔から急に真剣な表情に顔を変えて言った。
「そんな、今までどおり接してよ。他の人にもうすこし優しく接してあげて欲しいとは思うけど」
 嗜めるようなその口調に、愛は余計に感銘を受けたようで更に頓狂なことを言い出す。
「やっぱりすげえ。なあ、お前のこと遠野さんって呼んでいいか」
「止めてよ、恥ずかしいから。でないと水下さんって呼ぶよ」
 二人ともその気持ちの悪さに悶えて、気持ち悪いきもちわるいと、また笑いあった。
「悪かった。まあ、これからも仲良くやろうぜ」
「うん、そうして欲しいな。これからもよろしく」
 そういって握手を交わした二人は、なんかおかしいな、ともう一度笑った。

 愛は自宅の戸を開けながらただいま、と呼びかけたが、こだまさえ返ってくる様子はなかった。どうやら父も母もまだ店にいるらしい。あと半時間もすれば店じまいだろうが、誰もいない家というのはどうも寂しいものだ。
 荷物を自室に放り込んで、台所へ赴いて水を飲む。このあたりは良質の湧き水が出るおかげで、水道から出る水もあまり消毒剤が入っておらず美味い。東京などの水道水は飲み物ではないと聞くので、彼は田舎も悪くはない、と実感する。
 乾いたのどが潤せたので、彼は改めて自室に潜り込んだ。そう物があるわけでもないが、机と勉強道具の類、寝具くらいは備えてある。
 そして、彼の唯一に近い趣味である音楽を最大限に楽しめる環境も整っている。彼はあまり新しい曲は聴かず、八十年代の邦楽をよく聴いた。中古CDショップで安く売られているからで、あまり彼の嗜好とは関係ない。高校生にはなったものの、校則でアルバイトは禁止になっているし、そもそも働かせてくれるような余裕は昨今、どの店にもあまりない。小遣いは多すぎはしないが少なくないほうなので、彼は一応の満足をしていた。
 棚を見渡し、気を惹いたCDをトレイに乗せると、イヤホンジャックにヘッドホンを繋いだ。七万円もしたものをやっと買えたお気に入りの一品だ。逸品というには少しばかり質が劣るのだったが、それは仕方ないと諦めるしかない。彼が働いて得たお金ではないのだから。いつか仕事に就いて、自分が働いたお金で買えばいい。
 耳に当てると、チープで馬鹿らしい、けれど味のある曲が流れてくる。彼はそれに身を任せながら、考え事に興じた。
 倖雄から誘いがかかったりするのは、そういえば初めてのことだった。彼から積極的にメールが来ることさえ稀と言える。
 彼は携帯を開いて、受信ボックスの一番上に来ているそのメールを再度開いた。飾り気のない文章で、カラオケに行こうという旨のことが書かれていた。二円のお礼だと彼は言ったが、それだけのために普段はしないような行動を取れるだろうか。それも、彼とて多すぎはしないだろう自腹を切って、だ。
 愛は自分にはそんなことは出来ない、と思った。彼はさほど背は高くなくとも、巨人と呼ぶに相応しい大きさを持ち合わせているのだ。愛は彼に尊敬さえ覚えた。それなのに、彼は愛よりも二ヶ月もあとに生まれてきたらしいのだ。
 愛は彼にその尊敬の念を綴ったメールを書こうかと思ったが、やめた。いま感じている距離感が、彼にはとても心地いいものだった。いずれ近づいてもいいが、今は必要以上に歩み寄らなくてもいいだろう。
 心地いい音楽に身を任せながら、彼はゆっくりと目を閉じた。いくつかの簡単な悩み事が、浮かんでは消えていった。

「倖雄、一緒に食べるか、飯」
「愛くん。うん、ここ誰も座ってないし」
 彼らの通う高校にも食堂はあったが、いつもあまり混んでいない。さほど美味しくないのもあるが、値段設定が高すぎるのがもっとも大きな問題だった。弁当持参派が大半、残った生徒のうちのほとんどが安くて美味しい購買部のパンを買う。やはり客を取られている面もあるのだろう。
「あれ、おうい、三月も食堂か」
「あ、愛。ここ、空いてる」
「うん、空いてる」
 倖雄はカレーをスプーンで掬っていたが、愛は麺とスープだけのうどんに箸をつけていた。日下部は定食メニューらしく、盆にはバランスよくご飯やら味噌汁やらが乗せられていた。
 しばらくの間、あまり会話が盛り上がりもしない、切れ切れのやり取りが続いた。三人して語るような話題が転がり出るでもなく、皆自分の食事に夢中だった。三人とも相互に仲が悪いわけではないのだが、午前の授業がすこしばかり身に応えて、空腹がストレートに彼らを襲っていた。空気を悪くしないために一応会話はしているが、それぞれ自分の食事に夢中だった。
 ある程度みんなの腹が落ち着く頃、愛はそういえば、と切り出した。
「昨日は酷い雨だったな。まあ、学校が休みになったのはいいんだが」
「そうかな、僕は退屈で仕方なかったけど。日下部さんは」
 倖雄はまだ少し食べたりないのか、あまり気の入らない風に返事をすると、またカレーを口に運んだ。
「私も暇だったな。暇だから勉強なんかしちゃってたよ」
 三月の台詞を聞いては愛は一歩引いてトーンの低いええ、という声を漏らした。
「なんだお前ら、いやに真面目だな」
「いいでしょ、真面目でも。私も普段はやらないんだけど、暇は怖いよね」
 三月は少しだけ拗ねたように言って、残った味噌汁を啜った。
「僕は図書室に来たくてしょうがなかったよ。朝からホームルームまでずっといたかな」
作品名:like a LOVE song 作家名:能美三紀