小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

like a LOVE song

INDEX|11ページ/28ページ|

次のページ前のページ
 

 倖雄もなるほどと言った。生活様式の違いとはこうしたところにも現れるのか、と感心する。
 明里は一つ大きなあくびをして、大きな伸びをした。
「ちょっとは頭も動いてきましたし、そろそろ出ましょうか。ちょっと用意するんで待ってもらえますか」
 と言うと、彼女は部屋へ引っ込んでしまった。倖雄は麦茶を流し込んでこれから出て行く猛暑の町を思った。気分が少し萎んでしまったのを感じながら、窓から見える青い空に一片浮かんだ雲を視線だけで追いかけた。

「子どもっぽいなあ」
 苦笑する三月に、愛は首を傾げた。
「何でだよ、猫は可愛いだろ。というか、好き嫌いの話は子どもっぽいのか」
「子どもっぽいよ。何でも飲み込んでこその大人でしょ」
 彼が撫でていた猫は、彼女が近づくと駆け去ってしまった。睨むようにする愛の視線に、三月はわざとらしく視線を逸らした。
「人のこと、好きだっていったのは誰だったかねえ」
 愛は三月がその怒りに謝罪をするつもりもないことを悟ると、去っていく猫に視線を向けた。怯えてしまっているらしく、もう近寄っては来ないだろう。白と黒の境界のいやにはっきりした斑の猫だった。
「そういうこと言うんだ。私が子どもっぽいってこと」
「いや、そうじゃないが。それで子どもだっていうのは同級生の反感買うぞ、三月」
 愛は三月の体の特徴的な部分に目を向けて言った。三月はそのせりふを聞いて激昂しかけたが、ため息をついてその怒りを鎮めた。
「なんでこんなの好きになったんだか」
「振るかい、俺のこと」
 愛はまだ怒りを冷ませていないらしく、静かにそう言い放った。
「答え、わかって言ってるの」
「言ってない」
 三月はまたため息をついた。そんな程度の冗談でその関係に行き止まりを感じるほど、三月は愚かではない。けれど、その愛のぞんざいな態度に彼女もまた静かに怒りを燃やしたのには違いなかった。
「まあそれが子どもっぽいっていうなら、それを同じ言葉で受け入れた誰かさんはどうなるのかな」
 唸るような声は愛のものだ。もう言い返せないのか、と思うと、静かに燃えた怒りが、また静かに消えていくようにしたのを、三月は感じた。
「その反応、ってことはあれは嘘じゃなかったってことかな」
 というと、今まで視線を合わせなかった愛は勢いよくと振り返って言った。
「馬鹿」
 三月は楽しそうに笑ったが、愛はいけ好かないような顔をして歩き出した。愛が急に近寄ってきた猫を愛でだしたから、こんな畦道で立ち止まってしまったが、彼らはその道の先の彼女の自宅を目指して歩いていた。三月は二、三度息を漏らすように笑ってその後を追いかけた。
「お前のことは、きっちり愛してるから」
「大げさだな、愛くんは」
 三月は笑ったが、愛はそうしなかった。まだ怒っているのかと表情を窺ったが、怒っているというよりは何かに耐えるような顔をしていた。
「大げさじゃねえよ。恋と愛は違う。お前への気持ちは愛だよ」
「何それ。好きじゃないってこと」
 三月は表情と言葉からそう結論を導いたが、まったく的外れだったらしくすぐに訂正された。
「馬鹿。違うって言っただろう。ただ、恋じゃないだけ。恋って言うのは苦しさで、愛って言うのは穏やかさだ」
「その心は」
 と三月が言ってみると、一度の沈黙の後、愛は笑った。
「悪い、受け売りだからわからん」
「やっぱり」
 彼女がそう笑うのにあわせて、彼も笑った。
 黄金色の稲穂が風に揺れていた。あと少しすれば、街には冬がやってこよう。過ごしやすいのは今のうちだけだ。
 そんな寂寥感に心をとられて、彼女は彼の手をとった。彼は拒まず、彼女よりすこし大きな手でそれを受け入れた。

 彼らの関係の変容などは知らず、季節は風のように過ぎた。気がつけばもう冬の訪れがすぐそこまで迫っていた。
 残された三月と倖雄の繋がれた手も離され、その手は明里の右手と繋がれた。そうなっても彼らはまだそのことを吹っ切れずにいた。
 春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来た。季節は恙無く正しい方向へ動いていく。近づいていく関係も、遠のいていく関係も、また方向を変えることなく動いていく。
 それを想うと何か心中で軋むものがあるのを感じながら、倖雄は明里の部屋のインターホンを押した。初めて訪れてから何度も足を運び、本について語ったり、愚痴を言い合ったりした、見慣れたアパートの一室だ。
 そうしているうち、彼のほうに芽生えだした気持ちを、彼はいつか恋慕だと見破った。けれど、彼はその気持ちをすぐ打ち明けられはしなかった。愛がこの気持ちは体感せずにはわからない、と言ったのを、彼はようやく理解できたような気がした。
「はい」
 という声がして、彼女が現れた。
「あ、遠野先輩。もう出ますか」
 彼は今日、明里を映画に誘っていた。この町にある娯楽施設といえばそれくらいしかない。その後、どこかの場面で彼女に思いを伝えるつもりでいた。悟られてはいない、と思う。彼女の様子はいつもどおりだ。人の心には聡い彼がそう思ったのだから間違いない。けれど、と一瞬愛の姿が彼の脳裏を駆けた。愛がどうして彼の手を離したのか、未だ彼にはわからなかった。それがわからなった以上、今の感覚も間違っていないとは言い切れない。疑念を首を振るようにして払う。動作には出さず、そのつもりで。ばれてはいない、恐らく。
「うん。大丈夫かな」
「はい、鞄とってくる間だけ待ってもらえますか」
 ぱたぱたと軽い音で部屋に潜り、一分もしないうちに戻ってくる。用意自体は終わっていて、彼が来るのを待っていたのだろう。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん」
 二人並んで歩き出す。さほど身長差はなく、横を見ればすぐ明里の顔がある。照れてしまいそうになりながら、彼は平常を装って歩いた。ばれてはいない、きっと。彼女はいつもどおりだ。
 少々曇った空は、ともすれば一雨くらいは降らせそうだ。そうならなければいいが、と祈り、彼らは映画館へ歩いた。
 その映画は彼女の所望したものだった。とはいっても彼女から連れて行けといったわけではない。彼に見たい映画などを訊かれ、嘘をつく必要もないのでそうしただけである。料金もきちんとそれぞれで払ったし、これで彼に迷惑をかけているということはない、と思う。
 けれど、彼のぎこちない動きは気のせいではなかった。時々不自然な間が挿入されたし、普段より会話が途切れ途切れになりがちだった。
 もしかすると、などと自意識過剰にもなってしまう。それほど彼の今日の行動はおかしかった。ただ、もしそうなったとき応えられないのは彼女にとっても心苦しかった。彼が嫌いというわけではないが、交際の対象とは考えられないと言うのが正直なところだった。いい友人でいたい、というのが忌憚ない意見だ。
 それを知ってか知らずか、彼は普段どおりを装おうとして失敗しているらしい。彼女は心を痛めながら、思い過ごしかもしれないのだし、せめてそのときまでは気づかない振りをしていよう、と考えた。
 ようやく見えた映画館の中に入ると、すこし温かい空調の風が彼らを包み込んだ。

 この頃の愛の衰弱ぶりはひどいものがあった。
 彼が帰った後の部屋の寂しさに辟易しつつ、三月はそう思った。
作品名:like a LOVE song 作家名:能美三紀