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ごはんの時間だよ
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novelistID. 9981
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カップの中でここあちゃんは

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 次の日も、ここあちゃんは目を覚ましました。おじさんは古典の参考書を積み上げて、次の授業の予習をしているようです。背中を丸めて机に向かい、ときどきかたわらのココアをすすります。ここあちゃんは、おじさんがカップを持ち上げるのを、カップの中でただよいながらずっと待っています。長い時間いっしょに居られるのはうれしいのですが、おじさんが作業に集中すればするほど、ここあちゃんはさみしい思いをしなければなりません。

「はやく飲まないと冷めちゃうよ」

 おじさんは冷めた粉っぽいココアでも最後まで飲んでくれます。しかし、カップの中が冷えると、ここあちゃんは眠たくなってきてしまいます。
 あたたかいうち、ここあちゃんの意識のはっきりしているうちに、すこしでもおじさんの近くに行きたいのです。毎晩そう思いながらも、ココアの中から出られないここあちゃんには、待つ以外に方法はありません。

「わたし、おじさんのこと全然わかってないのね」

 おじさんは、ここあちゃんが思うよりずっと、カップの中のココアについてなんて気にしていません。おじさんの頭の中は、過去・完了・断定・推量・伝聞・推定・打消・打消推量・希望・受身・尊敬・可能・自発・使役・比況・たり・たら・たり・たり・たる・たれ・たれ……。ここあちゃんとは住む世界が違うのです。

 自分をつつむ甘い世界が刻々と冷めていくのを感じながら、ここあちゃんは思います。おじさんの与えるわたしのすべてが、どんなスピードで冷えていくのかすら、おじさんは知らないのだろうと。
 ここあちゃんのため息は、気泡にもならずにココアの中に溶けていくばかりでした。


 次の日も、ここあちゃんは目を覚ましました。いつも通りの居心地いいココアのはずなのに、今夜はなにか足りないような気がしてなりません。気になって感覚を張りめぐらせてみましたが、なにが足りないのかわかりません。
 ここあちゃんはけだるげに頭をもたげて、カップの底から見上げました。いくら見上げようとも外の世界までは見えません。それについてここあちゃんはようく知っていましたし、外の世界に興味はありませんでした。
 ここあちゃんが
「おじさんの顔を見てみたいな」
 と言っていたのは、まるきりうそではありませんが、本気でもないのです。たとえ見ようとしても、ここあちゃんはココアの外にはちょっとも出られないので、どうやっても見ることはできないのです。おじさんを想うここあちゃんの言葉は、すべてここあちゃんの希望でしかありません。

 おじさんはいつでもカップをやさしく扱います。おじさんのお気に入りのこのカップは、ここあちゃんも大好きです。
 おじさんは、ココアをいつもこのカップにつくります。ここあちゃんは、自分の由来についてなにも知りませんが、このカップとなにか関わりがあるのだろうと思っています。
 もし、おじさんが、このカップでないカップにココアをつくったら? もうこのカップでココアを飲んでくれなくなったら? ここあちゃんには想像もできません。
 この日、ここあちゃんはくるりと回ることもせず、おじさんがカップを口に運んでくれるのをひたすら待つだけでした。