circulation【番外-バレンタインのお話】
フォルテの極上の笑顔に、スカイも精一杯の笑顔で答えようとしているようだが、私から見る限り、その笑顔はとてもぎこちなかった。
「ありがとう、フォルテ。嬉しい……よ」
だから、あまり心にもない事を言わないほうがいいと思うのだが……。
こればかりは、もうスカイの性分のようなものなのだろう。
私のため息に気付いたのか、スカイがこちらを見上げて力なく微笑んだ。
まだクマのチョコを見つめ続けているフォルテが、名残惜しそうに呟いた。
「クマさんの形してるけど、遠慮なく食べてね」
「あ、ああ……」
スカイがギギギと軋む音が聞こえそうな動きで、手元のクマに視線を落とす。
どうやら、フォルテもチョコが食べたい様子だ。
このままでは、スカイが「じゃあ一緒に食べようか」などと言い出さないとも限らない。
「ほら、スカイ、私からもチョコレートだよ」
「あ……サンキュ……」
心底ホッとしたような顔をして、私の差し出した小さな包みを受け取るスカイ。
この、いつも頼れる青年の、時々見せる情けない顔が、私は実のところ嫌いではなかった。
「フォルテの分もあるからね。どうぞ」
「わ、いいの? ありがとうっっ♪」
スカイに渡したものとは色違いのリボンが掛けられた包みを嬉しそうに受け取ったフォルテが、すぐに困った顔になる。
「私……スカイの分しか作ってなくて……」
そのまま、慌てた様子でごそごそとガマグチポーチから飴をいくつか取り出した。
「これ……」
フォルテが差し出そうとする手を、そっと握って首を振る。
「チョコのお返しは、ホワイトデーにね」
それを聞いて、フォルテがその大きな瞳をキラキラと輝かせた。
どうやら、ひと月後が新たな楽しみになったようだ。
「じゃあ、皆で一緒に食べましょ」
嬉々としてピンクのリボンに手をかけたフォルテがハッとこちらを見る。
私が、自分用に作っておいた紫のリボンの包みを見せると、楽しそうに笑った。
「ちゃんとラズの分もあるんだね」
スカイがフォルテに声をかける。
「こういうところがイイよな。ラズは」
「うん♪」
フォルテも嬉しそうに頷いた。
……どういうところが良かったんだろう。自分の分まで自分で作ってるところ……?
く、食いしん坊って事かな……。いやいや。
あまり嬉しくない結論に辿り着きそうな思考をぶんぶんと振り切って、包みを開く。
自分用の物は、包装も適当に済ませてしまったので、すぐ開いた。
あとで、デュナと、フローラおばさんにも渡さなきゃね。
紙袋に残る包みの数を確認して、顔を上げると、二人がこちらを見ていた。
「じゃあ、貰うな」
「いただきまーす♪」
二人が、ひとくちサイズのチョコを口に放り込んだ。
「おいしーっ、あまーいっ」
フォルテがうるうるとした瞳で見上げてくる。
「うんうん、よかった」
フォルテのチョコには、甘党のフォルテのためにたっぷりのお砂糖とミルクとココアバターを入れてあった。
一方、スカイのチョコにはまったく砂糖を入れていない。
スカイを見ると、ぐっと親指を立ててくれている。
おいしいということなんだろうか?
少なくとも、「甘くなくて食える」という意味ではあるだろうなと受け止める。
ここ数年、そう、スカイが甘い物を食べられないと知ってから、バレンタインには毎年カカオからチョコレートを手作りすることにしている。
カカオ豆をオーブンで焙煎して、砕いて、砕いて、とにかく粉になるまですりつぶすのだ。
そのうち油がにじみ出て、もったりとしたカカオマスの状態になってくる。
すり鉢でゴリゴリゴリゴリ何時間もかかる力作業だったが、腕が疲れて持ち上がらなくなってくるといつも、初めて甘くないチョコを食べたときのスカイの顔が思い浮かぶ。
カカオマスの状態まで出来たら、温度管理をしつつ、皆の好みに合わせて味を付けて、細かく漉して練り上げる。
スカイはお砂糖無しで、デュナにはビターに、私にはそれよりちょっとお砂糖多目で、フォルテとフローラおばさんにはとびきりスイートに。
去年、最後の練り時間をたっぷり取れば取るほどなめらかに仕上がることに気付いたので、今年はたっぷり半日ほど練ってみた。
二人の嬉しそうな顔を見ながら、自分もひとかけ、チョコを口に入れる。
うん。去年より断然美味しい。
来年は、苺フレーバーを入れたりしてみたいなぁ。
ホワイトチョコってどうやって作るんだろう……。
まだ空気は冷たいけれど、ぽかぽかした日差しの昼下がり。
スカイの家の裏手で、壁に寄りかかり、三人でゆっくりチョコを食べる。
隣を見れば、フォルテが全幅の信頼を寄せた笑顔を返してくれる。
なんとなく幸せな気分に浸っていると、表の道側から、どこかで聞いた女の子らしい声がした。
「ス、スカイ君、今、ちょっとだけ、話をさせてもらっても……いい?」
見れば、学校で私の一つ上の学年だった……つまり、スカイと同じクラスだった
ふわふわ巻き毛の女の子が、カチンコチンに緊張した面持ちで立っていた。
名前はえーと……なんだっけ。
思い出せないというより、今まで一度も聞いたことが無かったんじゃないかなと思いつつ、失礼にならないうちに、視線をチョコに戻した。
フォルテが首をかしげる。
「スカイ、何かあったの?」
何かがあるんだとしたらこれからだと思う。
「今日はバレンタインだからね」
そう答えると、フォルテはラズベリー色の瞳を丸くして
「え……。そ、そうなの?」
とだけ言うと赤くなって俯いてしまった。
こういうところは歳相応なのか、それとも幾分幼い反応なのか……。判断に困る。
ちらと振り返るが、スカイと巻き毛の女の子は建物の表側に回りこんだのか、こちらから姿は見えなかった。
ほっとして、力が抜ける。いつの間に私まで緊張していたんだろう。
とにかく、見えないところでやってほしい。告白とか、そういう事は。
もう卒業して四年になるが、学校に通っていた頃、スカイはバレンタインの度に山ほどのチョコを貰ってきていたものだった。
スカイにとっては五年前までの話か。
となると、あの巻き毛の子は学校を卒業してから五年間も、ずっとスカイだけを想っていたというのだろうか。
好意を持って渡されるものを断ったことのないスカイの事なので今回も貰ってしまうのだろうが、五年越し、あるいはそれ以上の恋である。
わざわざ家まで来て、告白が無いとは思えないのだが、それもやはり、スカイは受け取ってしまうのだろうか……。
はぁ。と小さくため息をついたら、フォルテがそうっと声をかけてきた。
「心配?」
「うん? 何が?」
皆目見当がつかず聞き返す。
「スカイの事……」
「………………へ?」
思わず、素っ頓狂な声を出してしまう。
私とスカイが恋愛なんて、とてもじゃないが想像できない。
決して、スカイが男性としてダメだとか言うわけではないが。
いや、むしろ、スカイほど優しくて頼れる人もそう居ないと思うくらいだが。
それでも、その感情が恋だとかになるとは、到底思えなかった。
引きつった顔をしていたに違いない私に、フォルテが困ったように聞く。
「スカイの事、好きなんじゃないの?」
丁度この時、スカイも家の反対側で同じような質問を向けられていたわけだが、今の私には知る由も無い。
作品名:circulation【番外-バレンタインのお話】 作家名:弓屋 晶都