式部の噂
柔らかなグレーのセーター、ぴしりと引き締まったブラックのパンツ。
全体的にぴったりとしたデザインだったから、彼女を作っている血とか肉とか筋肉だとか、全てが無駄の無いように出来てることが見ただけでよくわかった。
少し覗いた腕も足もすらりと白く、僕の顎を掴む指先までもがしっかりと彼女の意志がつまっているようだ。
それに、彼女からは溢れんばかりの才気が満ちていた。
それから彼女は歌うように口を開いた。
彼女の一挙一動を見ていると、周りの人間がますます僕から遠ざかって行くように感じられた。
でも今度は同時に、僕も明るい方へと移動しているようだった。
そのくらい、法さんは不思議な人間だった。
「立ちなさい、ぼうや」
僕はぱちくりと目をしばたいた。
彼女からは師匠と同じ匂いがした。
要するに、かいだことのない匂いだ。
おかしな人間の匂いだ。
素晴らしく、おかしな。
僕はぼけらっと彼女を見上げる。
僕は自分がほんの少しだけ元気付いたことに気付く。
だから、お礼ににっこり笑う。
僕は大抵のお礼を笑顔で返してしまうんだ。
金めのものはさすがに違うけど、そもそも金めのものなんか貰わない。くれるような人間に僕は出来るだけ近寄らないようにしている。
当時はおまけに近寄らせないようにもしていたけれど。
そういうとこが、やっぱり子供だった。
…とにもかくにも、僕は彼女に心から微笑んだ。
今度は彼女が目をしばたいた。
正確な速度できちんと、1回、2回。
僕はほう、と見惚れてしまった。
いや、恋に落ちたとかじゃないんだ。その時はまだ。
それは、街の小さな美術館で、思いがけなく素晴らしい作品を見つけた時に似ている。
小さいけれど、大きな感動。
―…なんてluckyなんだ。
そう思った。
人生において風変わりな人間と出会う確率は非常に少ない。
だからこそ風変わりっていうんだ。
もちろんこの世に同じ人間は存在しないけど、それとはちょっと意味が違う。
…もっと、魂的な風変わりさだ。
一見周りの人間とちっとも変わらなくても、不思議なことに何処かが違う。
…そういう相手って、誰にでも必ずいるだろう?
そんな感じだ。
そういうわけで、僕は最高にluckyだった。
まだほとんど彼女と会話していないのに、僕は直感的にそれを感じとっていたんだ。
彼女は言う。
「いい目をしてるわね。」
僕は答える。
「ありがとう。君もだ。」
彼女はあら、と嬉しそうに眉毛を上げた。
「嬉しいわ。ありがとう。」
「どういたしまして。」
「ところでいつまでそんな所に座りこんでるの?トロールに食べられちゃうわよ。」
「それは嫌だな。でもなんでトロール?ゴブリンでもいいんじゃないかな。」
「子供を食べるのはトロールって昔から決まってるのよ。」
「僕は子供じゃない。…多分。顔はbabyfaceだけど。」
「わかってる。ちゃんと立派な青年に見えるわよ。ただ立派な青年は冷たいコンクリにぺたりと座ったりしないだけ。」
…僕は少し感動していた。
このぽんぽん返る言葉の応酬。
シェイクスピアの喜劇のよう…と言ったら言い過ぎだけど、間発入れず繰り返される言葉はどこか日本離れしていた。
僕はますます彼女が気に入った。
上から目線みたいだけど、事実心ひかれたんだ。
「さぁ、立って。それから暇だったら私に付き合ってくれない?」
「いいよ。ただお腹が減った。」
「大丈夫。ちゃんと食べ物もあるから。」
僕はぱんぱんとお尻をはらい立ち上がった。
やらなきゃいけないことは山とある。
やりたいことは一つ出来た。
彼女についていくことだ。