式部の噂
ー…大学を辞めたのに大学生なんて変?
それはもっともだ。
でも僕は辞めて2、3ヶ月は大学生ってことにしておこうと思ってね。
色々と好都合なんだ。主に自己紹介の時に。
肩書きってとても便利なんだよ。僕にしてみればあると便利だけど無くても特に困らないオマケみたいなものなんだけどね。
若い頃からその考えは変わらなかった。だから僕は一応大学生をやってることになってたんだ。
…しばらくそうしてフラフラしていると、僕はお腹が減ってきた。
そういえばここ一週間くらいまともなものは全然食べていなかった。色々と忙しくて。…書類の整理だとか生活環境の確保だとかね。
やることは山とある。やりたいことはあまりなかったけれど。
…それに気付いた僕の体はますます空腹を訴えだした。
一度騒ぎ出した腹の虫を抑え込むほど困難なことはなかなかないんだ。
誤魔化そうとしても上手くいかない。むしろ誤魔化そうとすればするほど余計に疲れてお腹が減る。
僕は街の香りをかぐのを止めてその場にしゃがみこんだ。
その時の、何とも言えない空っぽの気持ち。
僕は小さい頃少しだけ住んでいたある国の子供を思い出していた。
彼等はいわゆるストリートチルドレンだった。
その頃の僕は彼等に比べ、驚くほど幸福だった。
少なくともそのはずだった。
…ところが大きくなった僕は彼等と一ミリも変わっちゃいなかった。
僕には小さな住む家があって、食事も買おうと思えば買えて、師匠もどこかの国にちゃんと存在していたのに。
これっぽちも幸せじゃなかったんだ。なぜか。
僕はたまらなく寂しくなった。
…それでしゃがみこんだまま小さく溜め息をついた。
足元のコンクリが嫌によそよそしく見えた。
家に帰りたくなかった。
あそこは、僕の家なんかじゃなかった。
まだまだ全然。
僕は目をつむったんだ。
もういいやって。
めんどくさいや、考えるのは、ってね。
そうしてるとね、面白い感覚に陥るんだ。
魂がぶわっと抜けてくような。
あんまりいい意味じゃない方の。
…こつん、とね。
僕のおでこを叩く人がいた。
僕は迷惑そうに瞳を開けた。
怖い顔だ。
僕はまた目をつむった。
でもそうすると、また誰かが僕のおでこを叩くんだ。
僕はつくづく嫌になった。
放っておいてほしかった。
道端で誰が座りこんでいようと人の勝手だ。
僕は頭を振ってその手を払った。
手は、僕のあごを優しく掴んだ。
僕はちょっと驚いて目を見開いた。
…怖い顔は天使みたいに微笑んでいた。
「馬鹿ねぇ。迷子みたいな顔してるわよ、ぼっちゃん。」
僕は今でもその映像を鮮明に覚えてるんだ。
天使をみたのは初めてだったから。…いや、冗談だよ式部。