式部の噂
「っは!…あ?」
目の前に広がるのは空、ではなくあの天井だった。
私は訳がわからず自分のむにむにとしたほっぺたを2、3度つねってみる。
…その瞬間、記憶がぶわっと脳内に溢れ返ってきた。
ゆっくり近付く猛さんの優しい顔。
あの、掌の感触…。
「ぬっぬわーーー!」
私はまたしても訳がわからなくなり雄叫びをあげてしまった。
夢?妄想?…現実?
ほっぺたの涙をふいてもらったくらいがなんだ!
親切な男の人なら当たり前なんだ!…多分。
でもやっぱり駄目なのだ。考えるとぐっとのどが詰まるような感じになる。
やっぱり男の人って苦手だ…。
私がふかぁく溜め息をついた瞬間バンッとドアが開いた。
「式部ーーーーーーー!!!!!!!!!!」
「父さん?!」
父さんはものすごく心配そうな顔で私の肩を掴んだ。
「どうした式部!なんかされた?!」
「へっ?別になんにも…」
「本当だね?!式部倒れてたんだよ!浜辺に!!」
…。
「え?」
「うぅ…僕が突然夜中にホットミルクを外で飲みたくならなきゃどんなことになっていたか…。」
父さんは頭をぶんぶんと振り嘆く。
私はぼんやりとその様子を見ていた。
ー…あぁ、現実だったのだ。きっと。
いや、でもやっぱり浜で寝ちゃったのかもしれない。実際気絶していたし。
しかし寝ながら気絶なんてできるのかしら?
…とりあえず気をとりなおして父さんをじっと見る。
少し落ち着いた父さんは、ん?っと首を曲げた。
私は返事をせずに暫し考える。
(…あるいは父さんなら…)
いや、でもこういうことは本人に聞いた方がいいんだろう。
…と、母さんも言っていた。
果たしてその決意が私につくかは謎だったが…。
「何でもないです。父さんは心配性ですね。」
「当たり前だよ。父さんは父さんだもの。」
父さんはにこっと笑って私の頭をわしゃわしゃとかきなでた。
それは昨日の猛さんと同じ様な手付きだったのに、不思議と私の心臓は暴れたりしなかった。
ただひたすら、ほっこりと桜色に染まっていた。