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カラの店

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「・・・・・・・・・・・・・・すごい」

吹き抜けになっている二階の大窓から零れる日の光。それを浴びて輝く夥しい数の『瓶』だった。
青、赤、オレンジ、緑、透明―――様々な色の瓶を通す光はさながらステンドグラスのようだ。
きらきらと輝く光に目を奪われる私。

あまりのキレイさにその足音に気がつかなかった。
「おや、お客さんかな?」
突然の声に思わずビクッと体が跳ね上がる。

雑多に聳え立つ棚の影から、男の人がひょこっと顔を出していた。

「あ、あ、あ、あの!か、勝手に入ってすいません!」
慌てて頭を下げて謝罪する。そういえば無断で中に入ったのをすっかり忘れていた。
どこからどう見ても不法侵入である。が、

「ああ、いいよ。ここに来た以上は誰であってもお客さんだからね」

と、ずいぶん寛大なお言葉をいただいた。なんていうか、器の大きさが違うのかもしれない。



「まあ、座ってよ。お茶のひとつも出したいところなんだけど……生憎と切らしていてね」
「失礼します」
折角のお言葉なのでありがたく甘える。
実は結構疲れていたりしたのだ。
怪しげな(我ながらかなり失礼な表現だ)男に連れられて図書館を進む。
棚の影になって見えなかったが、作業場とおぼしきスペースがあったらしい。
男は自分専用のものであろう、ソファーに身を沈める。
この店の店主だろうか…(仮にここを店とするのならば、だが)
「さて、名刺持ってるんだろ?見せてくれないかな」
疑りの視線が見破られたのか、それとも意にも介さなかったのか。
ともかくそんなことを言った。
「ええ・・・これです。でもなんで分かったんですか?」
「ん、確かにこの店の名刺だね。」
確認すると男は名刺を自分のポケットに突っ込んだ。私の質問はスルーですか。
「ここには名刺を持ってないと来れないからね…キミ、結構苦労したんじゃないかな?」
などと思っていたらワンテンポ遅れて解答が返ってきた。
「じゃ、ご用件を聞こうか」
柔和な笑顔を向けて話す男。
……不思議な男だ。褐色の髪に中肉中背。服はどこにでもありそうな、いい加減な取り合わせ。
年齢も定かではない。若くも見えるし、年をとっていそうにも見える。
特徴を挙げるのなら、「特徴がない事が特徴」とでもいうのか。
はっきり言って外見的には何の面白味もない男だった。
「その前に、いくつか聞いてもいいですか?」
面白味もない、という事実に後押しされて、私は質問を切り出した。
目的を忘れてはいけない。ナニゴトも初志貫徹、である。
「うん?何かな。僕に答えられる事なら、なんなりと。…とはいえ、作業の途中だったから、なるべくなら手短にお願いしたいね」

「まず―――失礼ですが…あなたは、ここの店長さんですか?」
 「ここには僕一人しかいないから、まあ、店長ってことになるかな」
「ここって、お店なんですか?」
 「ああ。適切な代金と引き換えにサービスをさせてもらっているよ」
「なんの―――お店なんですか?ただの雑貨店…には見えませんけど」
 「ここは、入れ物のサービスをする店さ」
「入れ物・・・?」
なにそれ。聞いたことないんですけど。
 「入れ物に関するサービス。これ以上は企業秘密なんで、話せないけれどね」
む、そう言われてはこれ以上の言及はできない。となると、
「じゃあ、私はお客なんだし、ここのサービスってものを受けてみたいんですけど。いいですか?」
と、慎重に一歩踏み込む。 
 「もちろん。ああ、でもその前に―――ちょっと待ってて」 
と、店主はあっさり立ち上がる。
なんだか、肩透かしを食らった気分だ。
「これ・・・これとこれもだな……はい、お待たせ」
近くの棚に並ぶ瓶を3本取り出して私の前に並べた。
どれも透明な、どこにでもありそうな瓶だが、全部中身が空だ。でもそのうち2本には厳重に封がしてある。
ついでに言うのなら、ラベルが貼ってあった。封がしてある2本には何か書き込まれていたが、もうひとつは真っ白だ。
 「うちのサービスの一環でね。キミにはこれがぴったりだと思うよ」
自信満々に言う店主。
あの、意味がわかんないんですけど。
「…意味が分かりません。しかもこれ、なんですか?全部空じゃないですか」
 「空?一本は空だけど、後の2本はちゃんと中身が入ってるよ」
ほら、と男は言うけど、やっぱり何も入っていない。
 「これを作ったのは、ちょうどキミくらいの女の子が来た時だったかな。その女の子は好きな男の子にフラれちゃったらしくてね」
自分の「悲しい気持ち」と「好きだった気持ち」を取り去って欲しい。そんな注文だったという。
「…気持ち?そんなもの――」
 「こんな瓶に入れる事ができないって?いやいや、ヒトのキモチなんて案外軽いものさ。
何もしなくてもその時の気持ちは忘れ去られるものだし、瞬時に発生する。」
いぶかしむを通り越して呆れる私。なんだそりゃ。
店主は「まあその子はもう悲しむ事もないし、男の子を好きになる事もないんだけどね」と続けた。
まあ・・・・話としては面白い。
興が乗った私はそれについて質問を続ける

―――ここにある箱や瓶は全部キモチの入れ物なんですか?
 「そうとも限らない。預かった品物はジャンル別に分類してあるからね。この部屋以外にもたくさんの品物があるよ」
―――この空瓶みたいに?
        「そういう事だね」
―――預かるって・・・返してもらう事はできるんですか?
   「もちろん、代金さえ払ってもらえばね。でも今まで返して欲しいと訪ねて来た人は一人もいない」
―――ちなみに料金は決まっているんですか?
 「その時々によって違うよ。気持ちだとしても、事情や感情の違いによって値段はバラバラさ」
―――今までの料金、聞かせてもらっても?あくまでも参考までに
      「参考にする意味はないと思うけどね…そうだな、全部ひっくるめるなら――安くて百円、高くて百万くらいだったかなぁ」
は?百万?
なにそれ。こんな怪しげなモノに百万も出す馬鹿がいるの?
ていうかそれ嘘としか思えないんですけど。百円から百万ってどんだけばらつきがあるのよ。
「―――にしても、質問ばかりだね」
「ぁ、ああ。すいません。お仕事の途中でしたっけ」
「そうなんだ。結構忙しくてね。ホラ、これだけのものがあると整理も一苦労でさ」
やれやれ、と憂鬱そうに肩をすくめる店主。
それは分かる。ざっと目算で数百を数えるこの部屋の「容れ物」に加えて、他の部屋にもあるというのだから。その整理はさぞかし大変だろう。
「それで――キミの用件だけど」
ぎくり。
「キミは何を『容れ』に来たんだい?」
まずい。ここまできて「実は冷やかしでした」なんて言ったらどうなる事か。
「あの、えっと」
しどろもどろな言葉しか出てこない。ああもう、どうしたんだ私の頭。落ち着いてよ。
「――――言葉にはしにくいね、『ソレ』は」
「え?ああ、じ、実はそうなんです」
咄嗟に店主の言葉にすがりつく私。助け舟は意外なところからやってきた。
「それじゃあまあ、手早く済ませようか」
「え、ちょ」
唐突に私の頭を掴み、何かを剥がすような動き。
作品名:カラの店 作家名:nono