カラの店
そこにはあらゆるカタチの容れ物があり、収まるべきものを待っている
無闇に近づいてはならない。
きっとそこには、あなたの理想的な容れ物がある。
もしくは、容れ物にとって適格な中身が――――
「なにそれ」
思わず口をつく偽りの無い本心。
「だからぁ。そういう噂よ。うーわーさー」
そのクラスメート……名前なんだっけ。便宜上、この子は友人Aと呼ぶ事にしよう。
友人Aが曰く、都市伝説一歩手前の『フシギなオミセ』があるらしい。
「でも噂でしょう?何の根拠もないでしょうに」
至極当然の反論を試みる私。実に大人気ない。
まあ、中学生が「大人気ない」と言うのもおかしい話かもしれない。
「まあそうなんだけどぉ。オモシロそうじゃない?」
明らかに知能指数の低そうな笑顔を向けるA。
「そうだよぉ。あ、アタシそこの店の名刺持ってるんだぁ。キョーミあるなら行ってきなよぉ」
Aの意見を擁護する別のクラスメート(当然のように名前は忘れた。拠ってこの子は便宜上Bと呼ぶ)
それにしても私の周囲にはなぜこんな人間しかいないのか。
友人は選ぶべきなのかもしれない、などと考える。割と真剣なので笑わないで欲しい。
「―――わかりました。じゃあ私が行ってそんなものは所詮、噂話にしか過ぎないと言う事を証明してきます」
それから冗長な話を全て聞き終えた私はそう結論を出した。
黙ってマジメに聞くことに耐え切った私を誰か褒めて欲しい。
さすがぁ、と喝采するAB両名。その思惑にノってやるのはこの上なく不服だけれど。
悲しいかな、日常にはスパイスが必要なのである。
退屈な日々を打破するためには、時にこんなあからさまに怪しい噂にまで一枚噛まなければいけないのだった・・・!。
さもあらん。私も中学生。恋話にわくわくしたりフシギなモノに憧れる事もある。一週間に一度くらいは。
夢に夢見る女の子であったというわけだ。軽く自己嫌悪。まる。
…ああもう、イライラする。将来、私は立派なオトナになってやる。
どうあってもあんな低脳な連中とは縁を切らなくては。
この先もずっと同じ環境で過ごさなければいけないとしたら、間違いなく3秒でキレる自信がある。うん。
私の将来はもっと明るくなければいけないんだから―――
――――まあ、そんな当然の将来が約束されていれば、の話ではあるのだけれどね
秋風が緩やかに吹く少し肌寒い空の下、私はクラスメートBから貰った名刺を頼りにその『店』を探し歩いていた。
こんな地方都市でも、たった一軒の店を探すとなるとそれなりに苦労する。
背の高いビルや倉庫を縫うように進み、うねる様な整備の悪い道路を進む。
・・・それにしてもフザケタ名刺だ。書いてあるのは店の所在地を記した地図だけ。電話番号はおろか店の名前さえ書いていない。
そもそもこの名刺が本物であるか疑わしい・・・・いやいや、それよりも『店』自体が本当にあるかどうかの方が疑わしい
ぐちぐちと頭の中で文句を言いながら細い路地を通過。
・・・うん、なんだか雰囲気出てきた。
あたりは背の高い建物に囲まれて現在位置さえわからない。
…まるで迷路のような道順だ。でも、この雰囲気を味わえただけでも十分な成果だ。
それに位置がわからないと言っても、大まかな位置がわからない訳ではない。もし迷ったとしてもひたすらにまっすぐ進めばどこか知った道に出てくれるだろう。
「―――うそ、本当にあるじゃない」
などと言ってるうちに目的の場所に辿り着いた……いや、辿り着いてしまった、と言うべきか。
ビルに周りを囲まれた広めの土地、そこにあばら家寸前の木造の一軒家が建っていた。
一見して、山奥にでも建っていそうなペンションの成れの果て―――とでもいったところか。
一応店――ではあるらしい。玄関らしき場所には、「welcom」と言う文字が描かれた看板。
しかし誰の趣味なのか、凄い丸文字だ。
ってまあ、それだけで店と判断するのは早いか。
「フン。でも、こんなんじゃどうせ中学生のいたずらか何かが―――」
関の山、と言いかけて。不意に視界がぐにゃりと歪む。
期待と不安。現実が打ち破られるカンカク。日常に振り掛けるスパイス。
(どくん どくん どくん)
―――動悸が激しい。身体から飛び出さんばかりに暴れまわる心臓。感電したかのような脳髄の痺れ。
現実からみた妄想―――口先と理詰めの空論―――真実味のない名刺と店―――
(まるで不思議の国のアリスのように。迷い込んだ私はしかし、アリスではなく頼りないただの中学生で)
体温と言うものをどこかで落としてしまったのか、氷のように冷たくなる手足。死体のように酸素を求めない肺。枯葉のようにからからに乾く喉。
舌先は喘ぐようにありもしない酸素を求めて―――――
「――――――、」
どうしたのか。
曲がりくねった迷路のような道にでも酔ってしまったのか、一瞬あたまがぼうっとした。
改めて見れば、普通の木造一軒家。何のことはない。
そう、そうだ。私は事の真偽を見定めに来たのだ。中学生の噂話なんて、モノの敵じゃないと言う事を、教えてやる
そう、それを証明しに来たのだから。
意を決して、入り口の扉の前に立つ。
何故か乱れている呼吸を整えてから年代モノの扉を開ける。
ぎぃ、と軋む扉はあっさりと開いた。
「…何よ、随分と拍子抜けね」
思わず呟いて中に入り、後ろ手に扉を閉める。
扉は元あったようにぎぎぎ、と軋みを上げて口を閉じる。
・・・そういえば。
最初は退屈な日常にうんざりしてこういうフシギを求めてきたのに
どうして今。
私はこんなに緊張してこの『店』に入ったのだろう?(どうして私はこんなに怖がっているのだろう?)
店内は本気でフツーの民家というわけではなかった。玄関らしきスペースの向こうには通路。その先には大きな部屋が見える。
だいぶ内部が荒れているのか、雑多な何かが並んでいる。イメージ的には廃墟のオフィスビルといった感じ。
「あのー。ごめんください」
とりあえず声をかけてみる。これで噂が嘘だったら立派な不法侵入だ。この年で警察のご厄介になるのはカンベンして欲しい。
しばし待ってみたけれど、返答なし。どうしたものか・・・・・
「ごめんくださーい!」
今度はさっきよりも大きな声で呼びかけてみる。
・・・やはり返答はない。
これでほぼ無人なのは確定だけれども、万が一という事がある。それに証拠のひとつでも持っていかねばなるまい。
噂ひとつで大騒ぎするような低脳連中だが、私の言葉一つを易々と信じるほど馬鹿でもないだろうし。
私は慎重に歩を進め、(通路は暗く、歩く度にぎしぎしと軋みを上げる)通路の先にある部屋に入った。
「うわ・・・・・・・・・・・ぁ」
入った瞬間に思わず感嘆の声を漏らす。
部屋の中は夥しいほどのモノと棚で埋め尽くされていた。
決して整然としてはいないのだけれど、どこか圧倒される雰囲気。
棚には箱やら壷やら缶やらがキレイに置かれていた。
雑多な物品はこの棚の数を持っても収まらず、床にまで侵食してきている。
イメージするならそう、蔵書許容量を遥かに超えた冊数を図書館。
でも私が感嘆の声を漏らしたのはそこではなく―――
無闇に近づいてはならない。
きっとそこには、あなたの理想的な容れ物がある。
もしくは、容れ物にとって適格な中身が――――
「なにそれ」
思わず口をつく偽りの無い本心。
「だからぁ。そういう噂よ。うーわーさー」
そのクラスメート……名前なんだっけ。便宜上、この子は友人Aと呼ぶ事にしよう。
友人Aが曰く、都市伝説一歩手前の『フシギなオミセ』があるらしい。
「でも噂でしょう?何の根拠もないでしょうに」
至極当然の反論を試みる私。実に大人気ない。
まあ、中学生が「大人気ない」と言うのもおかしい話かもしれない。
「まあそうなんだけどぉ。オモシロそうじゃない?」
明らかに知能指数の低そうな笑顔を向けるA。
「そうだよぉ。あ、アタシそこの店の名刺持ってるんだぁ。キョーミあるなら行ってきなよぉ」
Aの意見を擁護する別のクラスメート(当然のように名前は忘れた。拠ってこの子は便宜上Bと呼ぶ)
それにしても私の周囲にはなぜこんな人間しかいないのか。
友人は選ぶべきなのかもしれない、などと考える。割と真剣なので笑わないで欲しい。
「―――わかりました。じゃあ私が行ってそんなものは所詮、噂話にしか過ぎないと言う事を証明してきます」
それから冗長な話を全て聞き終えた私はそう結論を出した。
黙ってマジメに聞くことに耐え切った私を誰か褒めて欲しい。
さすがぁ、と喝采するAB両名。その思惑にノってやるのはこの上なく不服だけれど。
悲しいかな、日常にはスパイスが必要なのである。
退屈な日々を打破するためには、時にこんなあからさまに怪しい噂にまで一枚噛まなければいけないのだった・・・!。
さもあらん。私も中学生。恋話にわくわくしたりフシギなモノに憧れる事もある。一週間に一度くらいは。
夢に夢見る女の子であったというわけだ。軽く自己嫌悪。まる。
…ああもう、イライラする。将来、私は立派なオトナになってやる。
どうあってもあんな低脳な連中とは縁を切らなくては。
この先もずっと同じ環境で過ごさなければいけないとしたら、間違いなく3秒でキレる自信がある。うん。
私の将来はもっと明るくなければいけないんだから―――
――――まあ、そんな当然の将来が約束されていれば、の話ではあるのだけれどね
秋風が緩やかに吹く少し肌寒い空の下、私はクラスメートBから貰った名刺を頼りにその『店』を探し歩いていた。
こんな地方都市でも、たった一軒の店を探すとなるとそれなりに苦労する。
背の高いビルや倉庫を縫うように進み、うねる様な整備の悪い道路を進む。
・・・それにしてもフザケタ名刺だ。書いてあるのは店の所在地を記した地図だけ。電話番号はおろか店の名前さえ書いていない。
そもそもこの名刺が本物であるか疑わしい・・・・いやいや、それよりも『店』自体が本当にあるかどうかの方が疑わしい
ぐちぐちと頭の中で文句を言いながら細い路地を通過。
・・・うん、なんだか雰囲気出てきた。
あたりは背の高い建物に囲まれて現在位置さえわからない。
…まるで迷路のような道順だ。でも、この雰囲気を味わえただけでも十分な成果だ。
それに位置がわからないと言っても、大まかな位置がわからない訳ではない。もし迷ったとしてもひたすらにまっすぐ進めばどこか知った道に出てくれるだろう。
「―――うそ、本当にあるじゃない」
などと言ってるうちに目的の場所に辿り着いた……いや、辿り着いてしまった、と言うべきか。
ビルに周りを囲まれた広めの土地、そこにあばら家寸前の木造の一軒家が建っていた。
一見して、山奥にでも建っていそうなペンションの成れの果て―――とでもいったところか。
一応店――ではあるらしい。玄関らしき場所には、「welcom」と言う文字が描かれた看板。
しかし誰の趣味なのか、凄い丸文字だ。
ってまあ、それだけで店と判断するのは早いか。
「フン。でも、こんなんじゃどうせ中学生のいたずらか何かが―――」
関の山、と言いかけて。不意に視界がぐにゃりと歪む。
期待と不安。現実が打ち破られるカンカク。日常に振り掛けるスパイス。
(どくん どくん どくん)
―――動悸が激しい。身体から飛び出さんばかりに暴れまわる心臓。感電したかのような脳髄の痺れ。
現実からみた妄想―――口先と理詰めの空論―――真実味のない名刺と店―――
(まるで不思議の国のアリスのように。迷い込んだ私はしかし、アリスではなく頼りないただの中学生で)
体温と言うものをどこかで落としてしまったのか、氷のように冷たくなる手足。死体のように酸素を求めない肺。枯葉のようにからからに乾く喉。
舌先は喘ぐようにありもしない酸素を求めて―――――
「――――――、」
どうしたのか。
曲がりくねった迷路のような道にでも酔ってしまったのか、一瞬あたまがぼうっとした。
改めて見れば、普通の木造一軒家。何のことはない。
そう、そうだ。私は事の真偽を見定めに来たのだ。中学生の噂話なんて、モノの敵じゃないと言う事を、教えてやる
そう、それを証明しに来たのだから。
意を決して、入り口の扉の前に立つ。
何故か乱れている呼吸を整えてから年代モノの扉を開ける。
ぎぃ、と軋む扉はあっさりと開いた。
「…何よ、随分と拍子抜けね」
思わず呟いて中に入り、後ろ手に扉を閉める。
扉は元あったようにぎぎぎ、と軋みを上げて口を閉じる。
・・・そういえば。
最初は退屈な日常にうんざりしてこういうフシギを求めてきたのに
どうして今。
私はこんなに緊張してこの『店』に入ったのだろう?(どうして私はこんなに怖がっているのだろう?)
店内は本気でフツーの民家というわけではなかった。玄関らしきスペースの向こうには通路。その先には大きな部屋が見える。
だいぶ内部が荒れているのか、雑多な何かが並んでいる。イメージ的には廃墟のオフィスビルといった感じ。
「あのー。ごめんください」
とりあえず声をかけてみる。これで噂が嘘だったら立派な不法侵入だ。この年で警察のご厄介になるのはカンベンして欲しい。
しばし待ってみたけれど、返答なし。どうしたものか・・・・・
「ごめんくださーい!」
今度はさっきよりも大きな声で呼びかけてみる。
・・・やはり返答はない。
これでほぼ無人なのは確定だけれども、万が一という事がある。それに証拠のひとつでも持っていかねばなるまい。
噂ひとつで大騒ぎするような低脳連中だが、私の言葉一つを易々と信じるほど馬鹿でもないだろうし。
私は慎重に歩を進め、(通路は暗く、歩く度にぎしぎしと軋みを上げる)通路の先にある部屋に入った。
「うわ・・・・・・・・・・・ぁ」
入った瞬間に思わず感嘆の声を漏らす。
部屋の中は夥しいほどのモノと棚で埋め尽くされていた。
決して整然としてはいないのだけれど、どこか圧倒される雰囲気。
棚には箱やら壷やら缶やらがキレイに置かれていた。
雑多な物品はこの棚の数を持っても収まらず、床にまで侵食してきている。
イメージするならそう、蔵書許容量を遥かに超えた冊数を図書館。
でも私が感嘆の声を漏らしたのはそこではなく―――