城塞都市/翅都 fragments
in this hopeless world
この四角い部屋の中央に立つ時、人が死ぬ瞬間、というものを僕はいつも考えた。僕はこんな四角くて清潔で綺麗でただ白いだけの部屋などで死にたくはないが、人によってはこの部屋で死ぬと言う事はとてつもない幸福なのかもしれない。この白いだけの天井を末後の景色にする事が。
此処に居れば誰もが願う。運命や奇跡と言う単語を、僕はいつからか陳腐なだけの言葉だと切り捨ててきた。そんなものはありはしない。僕は今まで狂おしいまでにそれらを欲し、求め続けてきたが、結果はいつでも解りやすく、且つ無残なものだった。今僕の目の前にある死体のように。
病や怪我に打ち勝つ術を知っている職業を指して医者と言うのならば、今この世に医者など存在しないことになる。しかし肩書としてその職業を背負ってしまっている以上、僕はそれ以外に自分を現す言葉を知らない。僕は医者だ。目の前の患者一人、救うことも出来はしないのだけれど。
患者の命を奪ったのは四十五口径のソフトポイント弾だった。先端が歪に潰れ、血と臓物の色にうっすらと染まった鉛の塊を、ステンレスの皿の上から取り上げる。一つ、二つ、三つ。大口径の銃で胴体に三発も喰らえば、一発はほぼ確実に致命傷になる。彼の場合は二発目の肺だったが。
柔らかな弾丸が体内で潰れ、爆発して死ぬ気分とはどんなだろう。痛いのか。苦しいのか。あるいは痛みも苦しみも感じる事はないのだろうか。理解することが出来れば少しは救われるだろうかと思ったこともあったが、その苦しみや痛みの経験者は皆死人なことを思い出してすぐ諦めた。
目には見えない、音にも聞こえない命と言うものを救わねばならないこの手が、この世界に置いて実はそれほど強いものではないと実感するのは辛い事だ。それでも諦め悪く抗ってしまうのはやはり僕の肩書によるものに他ならず、その事に僕は早く疲れてしまえばいいのかもしれない。
けれどそうして全てを達観出来てしまう程、僕はまだ歳をとってはいないので。運命や奇跡という言葉の中に、まだ疑うことの許される人の介在を探している。それらをこの手で引き起こす事が出来るのではと、ただ陳腐なだけの言葉じゃないのではないかと、どこかで強く願っている。
周りに言えば笑われるかもしれない希望に感情の蓋をしながら闇夜をめぐり、只管に血の海を泳ぎ続ける。結局救われたいと誰より願っているのは自分自身なのだろう。地獄を思いきるには絶望も悲観も足りはしない。だから今はただ費やすように日々を送る。死に彩られたこの白い部屋で。
20100614
作品名:城塞都市/翅都 fragments 作家名:ミカナギ