城塞都市/翅都 fragments
It is the calm before the storm
丈夫な女が好みだ、と隊長が言った。丈夫で、腰と尻がしっかりしてて、大きな声でよく笑って、例えば俺に何かあっても動じない、しっかりした女がいい、と。職場である傭兵団の若手が設けた酒の席の話だった。私は酒宴の喧騒から離れた隅の席に一人で座って、その声を聞いていた。
平の一兵卒である私と軍曹の肩書を持つ隊長とは、当然ながら席順も離れていた。それでも隊長の声は、例え酔っていてもよく通るので、話を聞くのに支障はない。隊長の声は続いた。何しろ女は丈夫なのが一番だ。細くて綺麗な女も悪かないが、おっかなくてどこにも触れやしねえよ。
私は細くて綺麗ではなかったが、隊の仲間達と比べれば丈夫ではないし腰も尻も貧層だった。大きな声で笑う事もないし、隊長に何かあったら動揺して居てもたっても居られなくなるだろう。隊長の声を聞きながらそんなことを考えて、自分自身に落胆した。だから何だと言うのだ、一体。
溜息をついて見上げると、同じタイミングで隊員の冗談に笑った隊長がふと顔を上げて、そして私を見た。普段は防護マスクのゴーグル越しでしか見えない隊長の鳶色の視線が、あんまりまっすぐに私を見たもので、私は思わず面喰って、何をしたわけでもないのに視線を逸らしてしまう。
そっぽを向いた形になった私を見て、隊長は困ったみたいにその視線を細めた。悪い悪い、女の子が居る席でしていい話じゃなかったなぁ、と頭をかいて、お前らも慎めよ、と周りの隊員を諌める。それから私に向かって悪かったナァ、なんて言うもので、私は俯いていいえ、と言った。
何言ってんスか隊長、アイツは女じゃねえですよ。口の悪い隊員がふざけた。三十キロのフル装備背負ってMP5構えてハイポートで二十キロ走れる女なんて居ません。生憎その女なら此処にいた。俯いたまま私が溜息をつくと、隊長は良いじゃねえか、頼りになって、と言いながら笑った。
丈夫でちょっとやそっとの事じゃ壊れない、コイツは俺の理想の女だ。だからお前ら手を出すなよ。隊長が言うと、仲間達は皆笑った。隊の仲間に欲情するようになったらオシマイですよ、隊長殿、と言って。隊長も笑った。笑って、そうしてやっぱり私を見た。あの深い、鳶色の視線で。
その視線の前で、全てを曝け出した事がある。私たちはあの時きりで、またキスをしたわけじゃない。抱き合ったわけでもない。皮膚の内側からかきむしられるような感情を覚えて喉が鳴る。その感情の名前は思い出す前に吐息にした。思い出してはいけない。あんな一瞬の恋のことなんか。
20100613
作品名:城塞都市/翅都 fragments 作家名:ミカナギ