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城塞都市/翅都 fragments

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I love her still




 喧嘩屋の仕事には常に怪我がつきものだった。震える指で救急箱を引きずり出して、酷い傷から順番に血をぬぐって消毒する。キズテープを貼って、それでも足りない傷にはガーゼを当てる。そんな風にヒィヒィ言いながら傷の手当をしている俺を、娘のマナはずっと傍で見ている。

 自分で言うのも何だが、世の中に父親と言う存在は数あれど、俺ほど甲斐性のない親父も珍しいと思う。何か親らしい事をしてやってるワケではないし、カッコイイとこのひとつ見せてやってるワケでもない。その上職業・喧嘩屋じゃあもうどうしようもないどころか終わってるだろう。

 虎の威を狩る狐のその日暮らしじゃ玩具なんて買ってやれるワケがねえし、その日その日のメシですら満足に食わせてやれない。それでも今年七つになる筈の娘は文句ひとつ言った事がない。親父に反比例して出来た娘だ。まぁそれ以前にコイツ笑わねんだけど。喋りもしねんだけど。

 コイツの母親は体の弱ぇ女で、エレメンタリの頃から優等生のレッテルが自慢みたいなヤツだった。最下層の犯罪者階級出身の俺とはホントに育ちも違うし水だって合わなくて、そもそも出逢ったのが間違いだった。神様だってたまには手元を狂わせるって見本だ。そりゃもうとんでもなく。

 それでも出逢っちまったんだからしょうがない。初めてはお前じゃないと死んでも死にきれんって、一回ヤらしてくれたらもう二度とお前の前には現れないからって拝み倒して、本当に一回だけヤらして貰った。十七の時だ。我ながら阿呆だなと思ったが、もうどうしようもなかった。

 その最初の一発で当たるなんて誰が思う。だから三年後にそいつが死んで、迷ったんだが墓参りぐれえしとくかって尋ねた時に、知人からガキが居ることを教えられた時は本気で吃驚した。そいつが母親の両親から存在を拒否されて、虐められて、飯も食えないような目にあってることも。

 攫ったのはだからだ。父親の自覚なんてこれっぽッちもなかった。それでも放っておくことだけは出来なかった。その時手にしていたものを全部投げ捨てて逃げて、故郷から遠く離れた街に落ちついて、その日暮らしのド貧乏ながら突発親子二人の生活が始まって、もう五年になる。

 手当てを終えて息をつくと、拭い忘れた腕の傷をマナの細い指が撫でた。子供の柔らかな指先でそうされると、不思議と痛みが消える気がした。遅くなったけどメシにするか、と笑うと、小さな頭が頷く。後悔はしない。子供の眼差しに愛しい面影を見たあの日に、そう決めていた。


20100612