虹と蜜柑と疫病神
急に不安が掻き立てられて、なごは思わずその背中に思い切り飛びついた。泣きたくなるような焦燥で胸がいっぱいになって、得体の知れないそれが余計に不安で、なごは順之輔の背中に顔を押し付ける。
どうしてこんな気持ちになるのか、なごにだって分からないのだ。けれど、順之輔が目の前からいなくなってしまうことには、どうしても耐えられる気がしない。とても怖い。
「なんだ、どうした?」
肩越しに振り返る不思議そうな順之輔の表情に安心して、着物をつかんだままなごが大きく息を吐くと、順之輔は軽く額を掻いてそのままなごを負ぶった。
「……一緒に行くか」
軽く揺らしてすわりを良くされ、ぽんぽんと叩かれると細かい砂が土間に落ちる。何も言わずに頷いたが通じたようで、そのまま順之輔は部屋の奥に向かって歩き出した。
ひどく温かな順之輔の背中に安心して、けれど切なくて、苦しい。嬉しいのに、泣きたくなるような寂しさと、どうしてか惨めな気持ちがない交ぜになってなごは息を飲み込んだ。
まるでこの温もりにはもう二度と触れられないような予感がして、どこからくるのか分からないそれにまた不安が掻き立てられる。
「……なご」
「ん……?」
「家に帰れるまでちゃんと面倒見てやるから。そんなに置いてかれるのを怖がるな」
響く順之輔の声に、浮かびそうになっていた涙が胸の辺りで止まった。
思うまま後ろから首にしがみつく。すると順之輔の溜息を感じて、なごはもっと強くしがみついた。
――そんなことを言って、誰も自分を放りださなかったことなんてなかったのに。
「なご? どした」
「……ううん……」
どうしてそんな風に思うのか自分でもよく分からなかったけれど、とにかく順之輔と離れたくなくて、なごは小さな声で分かったとだけ呟いた。