大魔王ハルカ(旧)
「ハルカごめん、追われてるから」
「(追われてる?)」
廊下を走る二人の後方からは大勢の悪魔が追いかけてきていた。
カーシャは後ろの悪魔に向けて魔法を連発。廊下の壁や床は大変なことになるが、悪魔の数はいっこうに減らない。
外の大騒ぎに気付いて教室にいる生徒たちは廊下の外を見るが、皆直ぐに見なかったことにする。なぜなら、悪魔たちを従え先頭を走っているのがファウスト先生だったからだ。この先生がすることに関わってはいけない。これがこの学校を”無事”に卒業するための暗黙のルールだった。
ルーファスたちを捕まえようとしているのはファウストだけではなかった。彼らの名は風紀委員、学校の風紀を乱す者を罰するのが役目である、生徒たちの集まりだ。
風紀委員がルーファスたちの前に立ちはだかる。その数10人ほど。
「止まりなさい!!」
風紀委員が叫ぶが、当然カーシャの性格を考えればわかるが、止まるわけが無い。しかも、今日のカーシャはご機嫌だった。
「ふふ、おもしろい……今度はピンクのうさぎしゃんだ!!」
カーシャは風紀委員たちを”視た”。魔力のこもった瞳で見つめられた風紀委員は次々にうさぎしゃんのぬいぐるみにその姿を変えていった。しかも、このうさぎしゃんのお人形、動いてしゃべることもできるらしい。
「うわぁ〜、にげろぉ〜!!」
プリティなピンクうさぎしゃん人形は、ピョコピョコ歩いているのだが走っているのだがわからないような動きで逃げていった。
「ふふ、可愛い」
カーシャはうさぎしゃん好きである。自分より魔力の弱い者であれば簡単にうさぎしゃんに変えられてしまうのだ。
後ろからはファウストが引き連れる悪魔たちが追いかけて来ている。その数は明らかに増えていた。
カーシャが突然立ち止まり後ろを振り向いた。ルーファスもちょっと先で立ち止まりカーシャを見つめた。
「どうしたの?(聞くまでもないような気がするけど……)」
「逃げていてもラチがあかない……ふふ、殺るぞ(力を使う時が来たな)」
「やるって、手荒なマネは止めたほうがいいと思うけどなぁ〜(って言っても無理だよね)」
「ふふ……(滅却)」
滅却ってカーシャちゃん、何する気ですか!!
カーシャは自分の両耳にしていたイヤリングを外した、刹那、カーシャの身体が蒼白き光を発し始めた。その輝きは冷たく辺りを包み込み気温をぐっと下げた。
そして、カーシャの瞳は黒から蒼に変わり、唇は赤から紫に変り、髪は漆黒から白銀に……。ルーファスは驚愕した。
「なんで、その力を使えるの!?(だって、その力を使ったら、カーシャは……)」
「ふふ、魔王のマナを喰らってやったのだ。私はチカラを取り戻した!!」
カーシャは大魔王ハルカとの戦いにおいて、魔王のマナを吸収し自らのチカラとしていたのだ。そのためカーシャは、”以前”のチカラを取り戻すとともに水と化してもなお生き残ることができたのだった。
走るようにして廊下が凍り付いていった。カーシャを追いかけてきていた悪魔たちも次々と凍り付いていく。その中でファウストだけが漆黒の炎を身にまとい平然と立っている。
「ほう、カーシャの真のチカラですか、それは?(……少々厄介だ)」
カーシャ砲撃準備OK!
マナがカーシャの身体に集められていく――。もう誰も止められないのか?
「カーシャいい加減にしてよ!!」
ドゴ!
「あうっ!」
「ぐっ!」
ゴォォォッッッーーー!!
説明しよう。まず、カーシャは学院ごとふっ飛ばすぐらいのマナを貯めて撃とうとした。それをルーファスが止めた。その止め方というのが、持っていた物でカーシャをぶん殴ったわけなのだが……持っていた”物”、そうペットハウス。ルーファスペットハウスでカーシャ殴る。その時の効果音が『ドゴ!』、そして、ペットハウスの中にいたハルカが『あうっ!』と叫んで気絶。殴られたカーシャは『ぐっ!』と言ってバランスを崩しバタンと床に倒れた。撃とうとしていた魔法を中途半端なまま、天井を突き破り上空に放たれた。以上説明でした。
床に大の字で倒れたカーシャの髪の毛の色は元に戻っていた。打ち震えるカーシャは何かを小声で言っている。
「……ル……ファス……(死!)」
気迫とともに立ちがるカーシャ。その目はキレていた。
氷ついた廊下に残されたファウスト&ルーファス&一匹。緊張が張り巡らされる。
無言でお得意の不適な笑みを浮かべるカーシャの手が動いた。動いた! 動いた! そしてまた動いた!!
カーシャの手から放たれる氷の刃がそこら中に突き刺さる。ルーファスは紙一重で避けるが、明らかに刃はルーファスに向けて放たれている。
「カ、カーシャ、落ち着いて!!(殺されるぅ〜)」
「ふふ……(死!!)」
キレちゃったカーシャの容赦ない攻撃は続く。狙われているのはルーファス。ファウストはただ見ているだけで何もしようとしない。
「(クク……おもしろい光景だ)」
この人は心の中で楽しんでいるようだ。
氷の刃に追われ逃げるルーファスは、凍りついた廊下をツーッと滑りファウストの前まで来て助けを請う。
「ファウスト先生助けて!!」
「私に助けを請うか……契約を交わすならよかろう」
「ええ、助けてくれるならなんでも(……いや、何でもはマズイ、この先生と契約を交わすのはマズイかも)」
「よかろう、私がおまえを助ける代わりに、ハーピーの羽を代償とする。これが契約書だ」
ファストはどこからともなく契約書と羽ペンを出し、ルーファスに突きつけた。
「(ハーピーの羽か……)」
ハーピーとは海に棲む鳥人で、その美しい歌声で船乗りたちを惑わす怪物だ。この羽を取って来るのはなかなかの至難の業である。だが、カーシャから身を守ると考えると安い物だった。
ルーファスは羽ペンを受け取り、契約書にサインをした。
「クク……契約成立だ。契約を破った場合は命を代償とするから覚えておけよ」
実際はルーファスの寿命は少し伸びただけかもしれない。だがルーファスには選択の余地はなかった。
カーシャが口元だけ笑っていて、あとは無表情というカーシャスマイルを浮かべながら、ゆっくりとルーファスの元へ歩み寄ってくる。
「ルーファス、私を殴った罪は重いぞ(……ふふ、こ〜んなことや、あ〜んなこと、そ〜んなことをした挙句にピンクのクマしゃんに変えてやる!)」
善からぬことを考えるカーシャの口元はいつも以上に歪んでいた。だが、ルーファスがあの時カーシャをぶん殴っていなければ、死傷者が多数出たことは明白な事実だった。
ルーファスをさっと押しのけファウストが前に出た。
「契約の名の元にカーシャ、あなたを冥府に送って差し上げますよ(THE END)」
「ふふ、なかなか言うなファウスト。おもしろい……私に勝てる気なのか?(こいつはピンクのチンパンジーの刑だ)」
「勝てない勝負はしませんよ(歳を誤魔化しているような、おばさんには負けはしない)」
「それは奇遇だ。私も勝てない勝負はしない主義だ(黒尽くめの服から心の中まで真っ白に凍らせてやる)」
先手必勝、いつでもカーシャは最初に仕掛ける。彼女の身体から、レイビームと呼ばれる魔法が放たれた。
作品名:大魔王ハルカ(旧) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)