大魔王ハルカ(旧)
下を見てしまったハルカは背筋が冷たくなった。ネコであるハルカにとっては人間以上に高く感じられる。
ハルカの乗っている窓枠と隣りの家の屋根は1mほど、ジャンプして飛べない距離じゃない。
「(けど、落ちたらヤバイよね)」
そう、落ちたらヤバイ。だが、ハルカは飛んだ。窓枠にしっかりと足を掛けて高く飛んだ。
空を飛翔するハルカ。この日ハルカは鳥になった――。
屋根にうまく着地して、ほっとしたハルカは、息をゆっくりと吐き出し肩を下げた。
「(よかった……落ちなくて……落ちなくて?)」
ハルカ的大ショック!!
「(どうやって降りたらいいの!?)」
とにかく下に降りる方法を見つけようと道路沿いの屋根に移動して、下を見てみる。
「(誰か気付いてくれないかなぁ〜)」
この辺りは商店が多く建ち並ぶ道で、この先をずーっと行くとお城の前に出る。そのため人通りは多い、だが誰もハルカに気付いてくれない。
「(誰か気付いて……気付いて……気付いて……)」
念じてみる。
道路を歩いていた剣士風の女の人が上を見上げた。その先には黒猫が自分を見ている。ハルカの念が通じたのか? エスパーハルカ!?
「(なんだあの猫は……降りれなくなったのか?)」
「(あの人私のこと見てる……助けてくれないかなぁ?)」
剣士は屋根の下まで近づいて来て何かを抱きかかえるような腕の形をした。
「(降りて来いってことなのかな?)」
「気をつけて降りてくるのだぞ」
「(降りて来いって言われても、ちょっと恐いな)」
「しっかり受けて止めてやるから、安心して降りてくるといい」
ハルカは女剣士の言葉を信じて、屋根から飛び降りた。小さなネコの身体はやさしく抱きかかえられ、怪我をしないで済んだ。
「(よかった)」
ほっとした表情をしているネコの顔を女剣士は不思議そうな顔して覗き込んでいる。
「おまえ、本当に猫か?」
「(ビクッ……す、鋭い)」
「マナの波動がおまえのことを猫ではないと言っている(人間の波動が感じられる……しかもこの波動はどこかで感じたことがあるぞ)」
「(逃げなきゃ!)」
危険を察知したハルカは女剣士の隙を突いて逃げ出した。だが、女剣士は女剣士に在らず、女魔法剣士だった。
「逃がしはしないよ」
魔法剣士の指から光のチェーンが放たれハルカの首輪に巻き付いた。
「うぐっ!」
魔法剣士の指とハルカの首輪が繋がれ、そのままハルカは魔法剣士の足元まで引きづられてしまった。
「仔猫ちゃん、あなたが誰なのかわかったよ。でもここで話すのはまずいね。ルーファスの家に行こう」
「(えっ? ルーファスの家?)」
この魔法剣士はどうやらネコの正体を見破ったらしい。しかも、ルーファスのことまで知っているらしい。この女性はいったい何者なのか?
数分後、ルーファス宅に黒猫を抱きかかえた一人の魔法剣士が尋ねてきた。
「ルーファス、届け物だ」
この声を聞いたルーファスは血相を変えてすっ飛んでドアを開けた。
「な、なんで?(なんで、なんで、何しに来たの?)」
「怪我の調子はどうだ?」
「何しに来たの?」
「これを届けに来た」
魔法剣士の腕には黒猫が抱きかかえれていた。
「……ハルカ!?」
名前を呼ばれたハルカは無言でルーファスを見つめた。
「(ルーファス、この人誰なの?)」
「や、やあ、よく来たねエルザ……この間は大変だったよね」
魔法剣士エルザ。ハルカをここまで連れてきたのはこの国始まって以来の女性元帥エルザであった。
エルザはハルカの首輪に付けていたチェーンを解呪して、床に下ろした。
「大魔王の次は猫か……この娘も大変だな」
「ハルカ、しゃべってもいいよ。この人知り合いだから」
「ルーファスこの人誰なの?(私のことも知ってるみたいだけど?)」
「この人はエルザ元帥、ハルカが大魔王になってたときにいろいろお世話になった人。ハルカがこの世界に来た経緯からネコになった経緯まで、私の知ってることは洗いざらししゃべらされた(この人のお陰で、いろいろと事件のこともみ消してもらってるんだよね)」
ルーファスとエルザは魔導学院時代の後輩と先輩の中で、昔からルーファスが騒ぎを起こすたびにエルザがそのあと処理に当たってくれている。
「あのエルザ、お茶でも飲んでいく?」
「いや、結構。仕事があるので今日はこれで失礼する」
エルザは帰ろうとドアノブに手を掛けようとした瞬間、ドアは後ろに引かれた。開かれたドアの先を見た彼女はある人物と目が合った。
「…………(カーシャ先生)」
「こんばんわ、ひさしぶりだな(なんで、こいつがいる?)」
エルザとカーシャは互いに目線を逸らそうとせず相手の目をじっと無言で見ている。微妙な緊迫感がこの辺り一帯に充満していく。
黒猫であるハルカの毛が逆立った。
「(なんか、身体がビリビリする……もしかしてこの二人のせい?)」
もしかしてではなかった。カーシャは以前魔導学院で教師をやっていたのだが、その時の生徒がエルザだったのだが、その頃から何故かこの二人は馬が合わない。つまり犬猿の仲というやつだ。
いつの間にかこの場から二人を残して、ルーファスとハルカは後ず去っていた。本能がそうさせているのだ。
カーシャとエルザはしゃべろうとしなければ、目を逸らそうともしない。この勝負、目を逸らした方が負けなのだ。まるで野生動物の戦い。
「カーシャ先生から大魔王の件について詳しい話をまだ聞いておりませんが、今日は話してもらえるのでしょうか?(絶対あの騒ぎの元凶は、この女にあると思うのだが……確かな証拠が掴めてない)」
「大魔王の件はルーファスに聞いただろう? それが全てだ(……出目金のことがバレたら、国を負われるだけでは済まんからな……ふふ)」
「ルーファスが知っているのは、ハルカが既に魔王になってあとからです。それ以前の話をお聞かせ願いたい(あの時、学校を辞めさせるだけじゃなくて、国を追放してやればよかった)」
「儀式の最中におまえのところの、へっぽこ兵士が乗り込んで来て儀式をめちゃくちゃにした挙句、魔王を呼び出してしまったのだ(この女だけは許さん、学校を辞めるハメになったのも、店を営業停止にさせられたのも、この女のせいだ)」
カーシャは以前魔導学院で問題を起こした際、エルザの学生運動によって学院を首になっており、数日前に起こったハルカ居住区を半径1kmに渡って吹っ飛す事件でも重要参考人として、取調べを今も受けている最中で、カーシャの店は営業停止にさせられている。
「確かに儀式の邪魔をしたのは、こちらの不手際でした(あの部下はヴェガ将軍の部下で私には関係ないが)。ですが、あなたには数多くの疑惑があります。国立博物館でライラの写本が盗まれた時も現場にいたそうですが、それは本当ですか?(これだけ多くの疑惑がありながら、なぜいつもしっぽを掴めないんだこの女は……?)」
「1週間以上も前のことだから記憶にないな(……そんなことまで調査の手が及んでいるのか……ふふ、逃げるか?)」
「そうですか……記憶にないですか、仕方ありませんね。今度お会いするときは証拠を山のように持ってきますから、では(絶対しっぽを掴んでやる)」
作品名:大魔王ハルカ(旧) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)