大魔王ハルカ(旧)
「そうだじゃなですよ、今はそんなことより(ルーファスが死んだんですよ……私が殺したんですけど)」
「そうかじゃあ」
そう言ってカーシャは庭を見回し、庭の片隅に立てかけてあった大きめのベニヤ板をよいしょっと持ち上げて穴の上にパタンとかぶせた。
「これひとまず安心だ(たぶんだが)」
「安心ってベニヤ板かぶせただけじゃないですか!」
「細かいことは気にするな」
決して細かいことではないぞカーシャ。
「だ、だって、カーシャさん」
カーシャは急に真剣な顔つきになって、
「さて、外は日差しが強い、中でゆっくり話をしよう」
と言うとカーシャはさっさと家の中に入って行ってしまった。
「カ、カーシャさん、待ってくださいよ〜」
ハルカも仕方なく取り合えずカーシャに続いて家の中に入って行った。
家の中に入ったカーシャは至って普段どおりで、勝手に自分で紅茶まで入れて飲んでいる。
「済んだことは仕様がない、ルーファスのことは諦めろ(……1分間の黙祷を捧げます……Zzzz……ふふ)」
「カーシャさん、どうしてそんなこと言うんですか!」
「じゃあ生き返らせるか(ザオ○ク!)」
カーシャはさらっと言い放った。
「えっ……?(生き返らせる?)」
ハルカの中だけで時間が少し止まった。その間ハルカは全頭脳を集結させ、『生き返らせる』という言葉を検索したが出た答えはやはり死者をこの世に呼び戻すという意味だった。
「……(まさか……死んだ人を……生き返らせるなんて)」
「信じていないのか?」
ハルカは首を横にぶんぶん振ってこう言った。
「そ、そんな……でも(でもぉ〜)」
カーシャは目を細めハルカを見つめ、ふんと鼻で少し笑った。その顔は自信に満ち溢れている。
「この前博物館で借りた、ライラの写本の中に『死者の召喚』についての記述があった」
「(借りたんじゃなくて、盗んだんでしょ)死者の召喚ですか?」
「そうだ、おそらく死者を蘇らせる召喚魔法の類だと思うが(たぶんだが)」
また、たぶんですか? カーシャさん!
不安はいろいろとあったがハルカの両拳には力が入っている。
「じゃあ、早くやりましょうカーシャさん」
ハルカの目は希望と言う名の輝きに満ち溢れていた。
てことでカーシャとハルカはさっそく『死者の召喚』をルーファス宅の地下室で行うことにしました。
この地下室はルーファスが魔法の実験などをするために特別に作った地下室で、中は異常なまでに広く壁は頑丈に出来ていて決して外に魔法の影響が漏れないようになっている。
召喚の方法は意外に簡単で魔方陣を描いて、呪文を唱えるだけだそうです……カーシャさん曰くですが。
さっきから、ず〜っと不安でたまらないハルカはカーシャに聞いてみた。
「本当にこれだけでいいんですか?」
ハルカはかなり不安そうな顔をしてカーシャを見つめた。
カーシャは何故かハルカと目線を合わせようとせず、淡々と魔導書(ライラの写本)を広げながら、魔方陣のミスがないかチェックをしていた。
「あのカーシャさん」
ハルカはカーシャの顔を覗き込むように見ようとしたが、ハルカと目線が会いそうになると、不自然なまでに身体をくるって回して方向転換をしたり、突然上を見上げて考え事をしているフリをした。
「魔方陣は完璧だ、後は呪文を唱えるだけが、心がまえはいいか?」
やっとこの時カーシャはハルカの方を見て目線を合わせてくれた。
「はい、いつでも(でも何かちょっと不安になってきた……)」
「それでは、呪文の詠唱を始める」
「……(ごくん)」
ハルカは緊張のあまり唾をごくんと飲み込んだ。
カーシャはゆっくりと目を閉じ、魔導書を両手でパタンと閉めて、魔導書の表紙の上に右手をゆっくりと乗せた。どうやらこの魔法を使うためにはこの魔導書の表紙に手を乗せて呪文の詠唱をしなくてはいけないらしい。
「ライラ、ライララ、リリラララ……」
カーシャが歌を詠うように呪文の一節を唱え始めると同時に彼女の立つ地面の下からやわらかい風のようなものが巻き起こり、衣服を揺らし髪の毛を上に舞い上げた。
「……(すごい、これが本物の魔法なんだ)」
ハルカはちゃんとした魔法、これが魔法なんだと思えるものを今まで見たことがなかった。『美人魔導士のいる店(カーシャの魔導ショップ)』での事件の際はハルカは気を失っていたし、『おしゃれ泥棒大作戦』のときはルーファスが凄いスピードで走ってるのを見ただけだったし。
カーシャちゃんの呪文詠唱はまだ続いている。
「ルラ、ルララ……死者の首を狩りし、太古の神よ、我は貴方の名を呼ぶ……B.B.Azrael」
カーシャの身体が突然黄金の輝きに包まれた。これは強力なマナがカーシャの身体に注ぎ込まれている証拠だ。
ハルカは目の前で起きていることに圧倒された。
「(カーシャさんってすごい人だったんだ)」
ハルカはそう思った。
カーシャの呪文詠唱にチカラがこもる。
「慈悲を知り、悲しみを知る神よ、我の願いをどうか聞き入れて下さい。闇の中で眠る……」
とその時地下室を駆け下りてくる大勢の足音が!
「…………(何!)」
とハルカが思ったときにはすでに彼女の目の前には大勢の兵士たちが現れ二人を取り囲んでいた。ハルカには何が起こったのか全くわからなかった。
兵士の中から他の兵士とは違うりっぱな鎧を着た威厳のありそうな男が前に出てきてこう言った。
「おまえたちだな、南居住区の大爆発事件を起こしたのは!」
「……大爆発?」
ハルカには何のことか最初はわからなかったがすぐにあることが頭を過ぎった。
「(私が気を失っていたあのときのこと?)」
そう、大爆発事件とはハルカが巻き起こした、カーシャの魔導ショップから半径1kmを爆風によって吹き飛ばしてしまったという、あの大事件のことだった。
兵士の手がハルカに伸びる。
「さぁ、来てもらうぞ」
ハルカとカーシャは兵士に腕を掴まれ連行されそうになるがハルカは必死に抵抗しようとする。
「放してください!」
ハルカは兵士の腕を振り払おうとしたが鍛え抜かれた兵士の力に敵う筈もなく、取り押さえられ自由を奪われてしまった。
「カーシャさん!!」
ハルカはカーシャに助けを求めようと彼女の名前を叫び彼女を見ると、カーシャは兵士に腕を掴まれながらも呪文の詠唱を続けていた。
「厚い氷の壁に閉じ込められた魂を……」
「呪文の詠唱を止めないか!!」
そう言ってひとりの兵士が魔導書に置かれたカーシャの手を放そうとしたが、カーシャは腕に力を込め決して放そうとせず、呪文の詠唱を続けた。
「愛する者の名を呼ぶ……」
「やめろと言っているの聴こえんのか!」
ついに兵士は業を煮やし、カーシャの腹を殴った。
「うっ……(しまった)」
カーシャは腹を押え地面に膝を付いた。
「二人を連れて行け!」
兵士はカーシャを取り押さえようとして彼女に近づこうとしたとき、カーシャがこう呟いた。
「お前たち……自分たちがした、ことの重大さがわかっているのか?」
その声は低く、まるで氷の響きを持った呟きでこの場にいた全てのモノを一瞬にして凍りつかせた。
作品名:大魔王ハルカ(旧) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)